
プレ男「眉かくしの霊」って、ふしぎな題だね。眉をかくすの?

メル美雪の木曽の宿で起きる怪談なの。泉鏡花の怪談の中でも、とくに名高い一編なんだって。
今回は、泉鏡花の短編「眉かくしの霊」です。青空文庫の本文(底本:文藝春秋『現代日本文学館3 幸田露伴・泉鏡花』、底本の親本:岩波書店『鏡花全集』)で読みました。初出は『苦楽』1924年(大正13年)5月です。本文中の「」の言葉は、青空文庫の本文からの引用です。
※この作品には、銃で人が撃たれて亡くなる場面と、不義を疑われた人たちが村でさらしものにされる場面が出てきます。
蕎麦二膳の縁
- 話は、筆者の友人・境賛吉から聞いたものとして語られます。霜月(11月)の半ば、境は上松までの切符を持って木曽へ旅をしていました
- 前の晩に泊まった松本の旅館は、画家の紹介状を持っていったのに、酒もない、夕飯も出ない。やっと出たのは、2人前を1つの丼に盛りこんだ、汁の少ない饂飩でした
- 境はそれを、『膝栗毛』の弥次郎兵衛・喜多八が奈良井の宿で蕎麦を2膳しか食べさせてもらえなかった話に重ねます。「不思議の縁」を感じた境は、汽車が出る間際に、急に奈良井で泊まってみたくなったのです
鶫と熊の皮の座敷
- わざと侘しそうな旅籠を選んで入ると、案内された三階の十畳は、熊の皮が敷かれた立派な座敷。膳には、このあたりの名物の鶫(つぐみ)の焼きものが5羽もついていました
- 境が「鶫を鍋で煮ながら食べたい」と頼むと、料理番の伊作がわざわざ三階まで聞きにきます。36、7の、陰気だが律儀そうな男です
- 境は、東京の宴会で聞いた芸妓の話をします。木曽で夜明け前に鶫あみをかけ、焼きたての鶫を食べて立ちあがったら、口が血だらけだった。猟師がきゃっと声をあげた——
- 伊作は沈んだ声で「実際、危のうございますな」と言い、その芸妓が東京のどこの人かを、しきりに聞きたがりました
三筋の水と、湯殿の音
- 翌日は雪。境は逗留することにして、離れのような下座敷の十畳へ移ります。窓の外は池で、緋鯉や真鯉が泳いでいます
- 近くの洗面所では、三つの水道が、いつのまにか開け放しで流れている。しめても、しめても、また流れる。じつは、池の水が涸れかけると、鯉や鮒のために、井戸の水を洗面所から池へ流しこんでいたのでした。池の魚は料理にはつかわない。伊作はこの池の魚を大事にして、ひまさえあれば池を見ているのだといいます
- 夕方、湯殿へ行くと、上がり場は真っ暗で、二つ巴の紋の提灯がひとつ、ぼうと点いている。中から、だれかが湯を使う音がして、ふっと白粉の香りがしました
- 女中のお米に話すと、お米はふるえて駆けだしてしまう。その湯殿は久しく使っておらず、ほかにはだれも入っていないはずだったのです

メル美だれもいないはずのお風呂から、湯の音と白粉の香り…。
「いけません」
- 宿の人たちが風呂を見とどけてくれたあと、もう一度湯殿へ。ところが、ちょうどそのとき電燈が一斉に消えます
- 戸口に寄ると、また湯の動く音。「お米さんか」と聞くと、中から「いいえ」。思いきって「入りますよ」と言うと、湯気にぬれたような声で、はっきりと「いけません」
- 座敷に逃げかえった境が窓から庭を見ていると、池を見まわる伊作のそばを、あの巴の提灯がふわりと点いていきます。そして提灯は、いつのまにか土間の暗がりを、湯殿のほうへもどってくる——
- ふりむくと、座敷の姿見の前で、藍鼠の縞小紋を着た女が、うしろ向きに化粧をしていました。女は懐紙で両方の眉をひたとかくして、境をじっと見ます。「……似合いますか」
- 境は、女の口にくわえられて宙に釣りあげられ、いつか自分は魚になって、雪の森や松本城の天守の上を飛び、池へ落ちる——と思ったところで、炬燵の中でわれにかえりました
伊作の話——桔梗ヶ池の奥様
- 膳を持ってきた伊作は、身を寄せて話しはじめます。去年のちょうど今ごろ、雪の日に、二十六、七の美しい女が一人で泊まった。宿帳には「お艶」。じつは柳橋の芸妓・蓑吉でした。通したのは、この座敷です
- お艶は、鎮守の山王様へお参りし、石段下の店のお婆さんから聞いた話をたずねます。山王様の奥の森に桔梗ヶ池があって、そこに美しい「奥様」がいるというのは本当か
- 伊作は、自分も一度見た、と答えます。4年前、峠のむこうの藪原宿が大火事になった日、森の奥の、白い桔梗にふちどられた真っ青な池のほとりで、鏡台に向かって化粧をする、こわいほど美しい女を見た。前から見た人の話では、その奥様は眉をおとしているのだ、と
お艶が木曽へ来たわけ
- そのころ村では、ある騒ぎが起きていました。「代官婆」と呼ばれる、気位が高く、何でも訴えに持ちこむ69歳の老婆の家で、東京から逃げてきた画家と、息子の嫁とが不義をはたらいたと、老婆が騒ぎたてたのです。老婆はもと下男の猟師・石松に鉄砲を向けさせ、近所の人や巡査、寺の和尚まで呼んで、2人をさらしものにしました
- 伊作の話では、じつは老婆自身が、息子の親友だからと2人に話をさせ、床まで並べさせていたのだといいます。それでも老婆は、裁判にしなければ死ぬと言いはりました
- この画家こそ、お艶の深いなじみの相手でした。画家の妻は、目をわずらって貧しく暮らすお艶をたずね、相談します
- お艶は、自分を老婆に見せてやると言います。「奥さんのほかに、私ほどのいろがついています」——そのお嫁さんのためにも、と。伊作によれば、お艶が山王様へお参りしたのは、土地の女を見ておくためでもあったようで、桔梗ヶ池の奥様の話を聞いてからは、美しさで勝てなければ、と西洋剃刀まで持っていたことが、あとで書きおきからわかったといいます
雪の夜の土橋
- 夜ふけ、伊作は宿の巴の提灯を持って、お艶を老婆の家へ案内します。月の冴えた雪道、水の涸れた谷川がさらさらと鳴る——ちょうど、あの洗面所の水の音のように
- 途中で提灯の蝋燭が尽きかけ、伊作は替えをとりに、宿へひと走りもどりました。「これが間違いでございました」
- 台所口に入る前に、ドーンと鉄砲の音。駆けつけると、お艶は谷川の石に倒れていました。撃ったのは石松。暮らしに困り、獲物をと夜の山へ出た石松は、人をよけようと川の岩に足をかけたお艶を、桔梗ヶ池の怪しい奥様が水の上を伝っていくものと見て、撃ったのでした。石松は「魔を退治た」と言って、いまも狂っているといいます
- 話のさなか、伊作がさけびます。湯殿の橋から提灯が来る、自分と同じ男が来る、お艶様と並んで——。電燈の球が巴になって浮かび、炬燵の上に提灯がかかる。そして「似合いますか」。座敷は一面の水に見え、白い桔梗が汀に咲いたように乱れ敷いていました

猟師の石松は、川の岩に足をかけたお艶を、桔梗ヶ池の怪しい奥様が水の上を伝っていくものと見て撃った、と料理番の伊作は語ります。
読みどころ
- くりかえされる「似合いますか」:姿見の前で眉をかくしてたずねる女の言葉は、伊作の話の中のお艶の言葉と同じです。伊作がお艶に「桔梗ヶ池の奥様とは?」と聞かれ、「お姉妹……いや一倍お綺麗で」と答えた場面とも重なります
- 水の音:ひとりでに流れる洗面所の三筋の水は、お艶が撃たれた夜の谷川の音と結びつけられます。池の魚を大事にする伊作、魚になって池へ落ちる境の幻と、水のイメージがくりかえし出てきます
- 前半ののんきさ:松本の宿の饂飩への恨みや、鶫の鍋を喜ぶ境のようすは、ユーモアたっぷりに書かれています。そののんきな旅の気分が、後半の話の重さをきわだたせます
まとめ
- 「眉かくしの霊」は泉鏡花の短編。初出は『苦楽』1924年5月
- 雪の木曽・奈良井宿の旅籠。ひとりでに流れる三筋の水、だれもいない湯殿の音と白粉の香り、二つ巴の提灯
- 姿見の前で懐紙で眉をかくした女の「……似合いますか」
- 料理番・伊作が語る、柳橋の芸妓お艶と、山王様の奥の桔梗ヶ池の奥様
- 雪の夜、怪しいものと見まちがえられて撃たれたお艶
- 鏡花の高野聖、同じ木曽が舞台の岡本綺堂木曽の旅人、旅の宿で聞く怪談河鹿もどうぞ
参考文献
- 泉鏡花. 眉かくしの霊(底本:『現代日本文学館3 幸田露伴・泉鏡花』文藝春秋、底本の親本:『鏡花全集』岩波書店). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/card1174.html (閲覧日:2026年10月22日)
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