世界の神話Mythos

Mesopotamian Mythology

アッカドのざんげの詩「知らずにおかしたあやまちを、わたしの神は知っている」。地にたおれても手をとる者はなく、泣いても手のひらをとる者はいない。「わたしのあやまちは、七の七倍」。古代メソポタミアの人が神にささげた、ゆるしをもとめるいのり

2026年10月12日

目次
  1. プロフィール
  2. 1. 知らずにおかしたあやまち
  3. 2. 手をとる者はいない
  4. 3. 「いつまで」
  5. 4. 七の七倍
  6. 5. セイスの解説
  7. まとめ

プレ男何千年も前の人も、「ごめんなさい」って神さまにいのっていたの?

メル美そうみたい。しかも「知らないうちにしてしまったあやまち」をゆるしてほしい、っていういのりなんだって。

こんにちは、Dr. Taro です。 神話の解説、今回はメソポタミアのアッカドのざんげの詩です。『バビロニア・アッシリア文学』(プロジェクト・グーテンベルク)におさめられた、A.H.セイス訳「アッカドの悔い改めの詩篇」の英訳と解説を読みました。同じ本にのる賛歌は太陽神シャマシュへの賛歌と7人の悪霊へ。

プロフィール

詩の内容 罪のゆるしをもとめるいのり
ことば アッカド語。多くの行にアッシリア語の訳がついている
古さ セイスは、アッカド語がつかわれなくなった紀元前17世紀より前につくられたはずだ、としている
粘土板 まんなかがわれていて、とぎれた部分がある
よびかける相手 「わたしの神」と「わたしの女神」
数の七 セイスによると、七はアッカドの人々の聖なる数

1. 知らずにおかしたあやまち

詩は、神と女神の心が「もとの場所にもどる」ようにという、くりかえしのいのりではじまります。

2. 手をとる者はいない

メル美「たおれても、だれも手をとってくれない」…。ひとりぼっちのつらさは、いまも昔も同じなんだね。

3. 「いつまで」

4. 七の七倍

プレ男「10回くりかえす」って書いてあるってことは、実際に声に出してとなえていたんだね。

5. セイスの解説

セイスの英訳では、詩の人は「わたしは地にたおれていたが、だれもわたしの手をとらなかった」となげき、「わたしのあやまちは七の七倍」と神と女神にうちあけています。

まとめ


参考文献

  1. A. H. Sayce(英訳). “An Accadian Penitential Psalm” と訳者の解説・注. In: Babylonian and Assyrian Literature. Project Gutenberg. https://www.gutenberg.org/ebooks/10887 (閲覧日:2026年10月12日)

この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。

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  1. VIIIVIIIメソポタミア神話太陽神シャマシュへの賛歌「太陽よ、あなたは天の土台からのぼり、かがやく空のかんぬきをはずし、天の戸をひらいた」。うそとまことを知り、天と地をさばく太陽の神に、古代カルデアの人々がささげた5つの歌
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  3. VIIIVIIIメソポタミア神話シドゥリのことば死をおそれて世界の果てまで来たギルガメシュに、海辺の娘サビトゥムは言った。「あなたのさがす命は、見つからない。神々は人をつくったとき、死を人にさだめた。さあ、おなかを満たし、昼も夜もたのしみ、手をにぎる子をいつくしみなさい」