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Japanese Mythology

福慈の岳と筑波の岳日がくれて、神祖尊は、駿河の福慈の岳の神に宿をたのんだ。「きょうは新しい粟の祭りで、ものいみ中です」とことわられ、つぎに筑波の岳の神をたずねると、「祭りの夜ですが、おもてなしします」。それから、福慈の岳はいつも雪で人がのぼれず、筑波の岳には人があつまって歌い、おどるようになった

2026年10月12日

目次
  1. プロフィール
  2. 1. 福慈の岳の神
  3. 2. 筑波の岳の神
  4. 3. それからの2つの山
  5. まとめ

プレ男山の神さまにも、もてなし上手とそうでない神さまがいるの?

メル美『常陸国風土記』では、宿をことわった山と、もてなした山で、そのあとの運命が分かれたんだって。

こんにちは、Dr. Taro です。 神話の解説、今回は日本の『常陸国風土記』にある「福慈の岳と筑波の岳」です。『常陸国風土記』の原文(ウィキソースの「古風土記/常陸國風土記」)から、筑波郡の条を読みました。同じ風土記の仲間の『出雲国風土記』からは国引きもどうぞ。日本神話の全体は日本神話の入門へ。

プロフィール

神祖尊 神々のすむところを、めぐり歩いていた祖神
福慈の岳 駿河の国の山。その神は、宿をことわった
筑波の岳 常陸の国の山。その神は、もてなした
ことわったわけ 「新粟の初嘗」の日で、家の中はものいみ中
その後の福慈の岳 いつも雪で、のぼれない
その後の筑波の岳 人々があつまって、歌い、おどり、飲み食いする

1. 福慈の岳の神

メル美祭りのきまりをまもったのに、のろわれちゃうなんて…。福慈の神さまも、ちょっとかわいそう。

2. 筑波の岳の神

3. それからの2つの山

プレ男もてなした筑波の山は、春も秋も、人がにぎやかにあつまる山になったんだね。

『常陸国風土記』では、宿をことわった福慈の岳はいつも雪でのぼれず、もてなした筑波の岳には、人々があつまって歌いおどり、飲み食いすることがいまもたえない、と書かれています。

まとめ


参考文献

  1. 『常陸國風土記』(筑波郡の条). ウィキソース(古風土記/常陸國風土記). https://zh.wikisource.org/wiki/古風土記/常陸國風土記 (閲覧日:2026年10月12日)

この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。

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