
プレ男神さまどうしが、土地のとりあいをしたの? けんか?

メル美剣で海をかきまわしたり、つるをなげて占ったり…。播磨のあちこちの地名が、この神さまたちの争いから生まれたんだって。
こんにちは、Dr. Taro です。 神話の解説、今回は日本の『播磨国風土記』の国争いです。『播磨国風土記』の原文(ウィキソース「古風土記/播磨國風土記」)の、揖保郡と宍禾郡の条を読みました。『古事記』のアメノヒボコの話はアメノヒボコへ。同じ風土記の話は印南の別嬢と白い犬へ。人の名や地名には、原文にない読みがなはつけていません。
プロフィール
| 天日槍命 | 韓国から海をわたってきた神。風土記では「客神」とよばれる |
| 葦原志挙乎命 | 国の主の神(「主神」)。原文では「葦原志許乎命」とも書かれる |
| 伊和大神 | 播磨の大神。天日槍命と国をあらそう話にも出てくる |
| 粒丘 | 主の神が、口から飯つぶをこぼした丘 |
| 奪谷 | 2柱の神が、うばいあった谷 |
| 御方の里 | 2柱の神が、黒葛を足にむすんでなげた里 |
1. 海の中の宿
- 天日槍命は、韓国から海をわたって、宇頭の川底にたどりつきました。そして、葦原志挙乎命に、宿をたのみました。「あなたは国の主だ。わたしがとまるところがほしい」
- 葦原志挙乎命は、「海の中なら」とゆるしました
- すると、客の神は、剣で海の水をかきまわして、そこを宿にしました
- 主の神は、客の神のいきおいにおそれをなして、先に国をしめてしまおうと思い、粒丘までのぼっていきました。そのとき、口から飯つぶがこぼれ落ちたので、「粒丘」とよぶのだ、といいます。その丘の小石は、みな飯つぶのようだ、とも書かれています

メル美ごはんを食べながら走ったのかな(笑)。国の主の神さまが、そんなにあわてるなんて、天日槍命はよっぽど強そうだったんだね。
2. 奪谷と波加の村
- 宍禾郡の奪谷は、葦原志許乎命と天日槍命の2柱の神が、この谷をうばいあったので、その名がついたといいます。うばいあったせいで、谷の形は、まがったつる草のようだ、と書かれています
- 波加の村は、国をしめるとき、天日槍命が先にここへ着き、伊和大神はあとから着いた村です。大神はたいそうふしぎがって、「思いがけず、先に着いたものだ」と言ったので、「波加」というのだ、と書かれています
3. 黒葛の占い
- 御方の里の名のいわれです。葦原志許乎命と天日槍命は、黒土の志爾嵩へ行き、それぞれ黒葛を3本、足にむすびつけてなげました
- 葦原志許乎命の黒葛は、1本が但馬の気多郡に、1本が夜夫郡に、1本がこの村に落ちました。それで「三条」とよぶのだ、といいます
- 天日槍命の黒葛は、みな但馬の国に落ちました。それで天日槍命は、但馬の伊都志の地をしめて、そこにすむことになった、と書かれています

プレ男つるが落ちたところが自分の土地! くじびきみたいで、なんだか平和なきめかただね。

『播磨国風土記』では、葦原志挙乎命が「海の中なら」と宿をゆるすと、天日槍命は剣で海の水をかきまわして宿にした、と伝えています。
まとめ
- 海をわたってきた天日槍命は、国の主葦原志挙乎命に宿をたのみ、剣で海をかきまわして宿にした
- おそれた主の神は、先に国をしめようと走り、口から飯つぶをこぼした。それが粒丘の名のいわれ
- 2柱の神がうばいあった奪谷、天日槍命が先に着いた波加の村
- 黒葛を足にむすんでなげる占いで、天日槍命の黒葛はみな但馬に落ち、天日槍命は但馬の伊都志にすんだ
- 『古事記』のアメノヒボコ、同じ風土記の印南の別嬢と白い犬、葦原志挙乎とよばれることもある大国主もどうぞ
参考文献
- 『播磨國風土記』(揖保郡 粒丘の条、宍禾郡 奪谷・波加村・御方里の条). ウィキソース(古風土記/播磨國風土記). https://zh.wikisource.org/wiki/古風土記/播磨國風土記 (閲覧日:2026年10月12日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。

