
プレ男お嫁さんが島ににげちゃったの? しかも犬が見つけた!?

メル美播磨の国の風土記の話なんだって。白い犬が大活躍するの。
こんにちは、Dr. Taro です。 神話の解説、今回は日本の『播磨国風土記』の印南の別嬢と白い犬です。『播磨国風土記』の原文(ウィキソース「古風土記/播磨國風土記」)の、はじめにある賀古郡の条を読みました。ほかの風土記の話は童子女の松原と白鳥の里と出雲の2つのほら穴へ。人の名や地名には、原文にない読みがなはつけていません。
プロフィール
| 大帯日子命 | 天皇。印南の別嬢に求婚した(本文の冒頭の部分では「大帯日子命」、後の部分では「大帯日古天皇」) |
| 印南の別嬢 | 吉備比売の子。その時代にすぐれて美しい人だった |
| なこうど | 賀毛郡の山直たちの祖先、息長命(伊志治) |
| 南毘都麻 | 別嬢がにげかくれた島。天皇は「この島に、いとしい妻がかくれていた」と言った |
| 白い犬 | 別嬢がかっていた犬。海にむかって長くほえた |
| 褶墓 | 別嬢のくしげと褶をほうむった墓 |
1. 鹿の鳴く丘
- 『播磨国風土記』は、天皇が丘にのぼって四方を見わたし、「この土地は、丘も原野もとても広い。この丘を見ると、鹿の子のようだ」と言ったことから、賀古の郡という名がついた、と語りはじめます
- 狩りのとき、1頭の鹿がこの丘にかけのぼって鳴きました。その声が「ひひ」と聞こえたので、日岡とよんだ、と書かれています
2. 島へかくれた別嬢
- 天皇は、印南の別嬢に求婚しようと、八咫の剣に八咫の勾玉と鏡をむすびつけて、出かけました
- とちゅう、摂津の国の高瀬の渡しで、渡し守が「渡し賃をいただければ」と言ったので、天皇は旅のかざりの縵(かずら)を舟になげいれました。すると、縵の光が舟いっぱいにみちた、と書かれています
- いっぽう、天皇が来ると聞いた別嬢は、おどろきおそれて、南毘都麻の島へわたってかくれてしまいました

メル美天皇がむかえに来るって聞いて、びっくりしてかくれちゃったんだね。気持ち、ちょっとわかるかも。
3. 白い犬が知らせる
- 天皇は賀古の松原へ来て、別嬢をさがしました。すると、白い犬が海にむかって長くほえていました
- 天皇が「これは、だれの犬か」とたずねると、須受武良首が答えました。「別嬢がかっている犬です」
- 天皇は「よく知らせてくれた」と言い、それでその人を「告首」とよぶようになった、と書かれています
- 天皇は別嬢がその小さな島にいることを知り、島へわたって、ついに出会いました。天皇は言いました。「この島に、いとしい妻がかくれていた」。それで、その島を「南毘都麻」とよぶのだといいます
- 天皇の舟と別嬢の舟は、ならべてつないでわたりました
4. 褶墓
- のちに、別嬢はその宮でなくなり、日岡に墓をつくってほうむることになりました
- なきがらをはこんで印南川をわたるとき、川下から大きなつむじ風がふいてきて、なきがらを川の中にまきこんでしまいました。さがしても見つからず、ただくしげ(くしを入れる箱)と褶(ひれ)だけが見つかりました
- そこで、この2つをその墓にほうむったので、「褶墓」とよぶのだ、と書かれています
- 天皇は、悲しみ恋しく思って、「この川のものは食べない」とちかいました。それで、その川のアユは、天皇へのささげものにされなかった、と風土記は語ります

プレ男くしの箱とひれだけがのこった墓…。天皇は、ずっと別嬢をわすれられなかったんだね。

『播磨国風土記』では、別嬢のかっていた白い犬が海にむかってほえてありかを知らせ、天皇は「この島に、いとしい妻がかくれていた」と言ったので、島を南毘都麻とよんだ、と伝えています。
まとめ
- 天皇が丘の上で「鹿の子のようだ」と言ったことから賀古の郡、鹿の鳴き声から日岡の名がついた
- 天皇が求婚に来ると聞いた印南の別嬢は、南毘都麻の島へにげかくれた
- 別嬢のかっていた白い犬が海にむかってほえ、天皇は別嬢を見つけて「この島に、いとしい妻がかくれていた」と言った
- 別嬢がなくなると、つむじ風がなきがらをさらい、のこったくしげと褶をほうむった墓が「褶墓」とよばれた
- ほかの風土記の童子女の松原と白鳥の里と出雲の2つのほら穴、『古事記』の恋の話引田部の赤猪子もどうぞ
参考文献
- 『播磨國風土記』(賀古郡の条:日岡・褶墓・南毘都麻). ウィキソース(古風土記/播磨國風土記). https://zh.wikisource.org/wiki/古風土記/播磨國風土記 (閲覧日:2026年10月12日)
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