
プレ男死んだあと、42人の神さまの前で「悪いことはしていません」って言うの? ドキドキしそう…。

メル美その中身がおもしろいの。「だれも泣かせていません」とか、いまのわたしたちにもひびくことばがならんでいるんだって。
こんにちは、Dr. Taro です。 神話の解説、今回はエジプトの『死者の書』の「42の告白」です。エピファニウス・ウィルソン編『エジプト文学』(プロジェクト・グーテンベルク)におさめられた、E.A.ウォリス・バッジ訳『死者の書』(テーベ本)の「ふたつの真理の広間に入る章」を読みました。英訳では、この部分に「否定の告白(The Negative Confession)」という見出しがついています。心臓をはかる天秤の場面はアヌビスへ。審判のあとの国は葦の野へ。
プロフィール
| 場所 | 「ふたつの真理(マアト)の広間」 |
| 広間にいる神々 | 42の神々。人の命がかぞえられる日に、罪ある者を見はる |
| 死者のことば | 「わたしは○○をしていません」と、しなかった悪いことをならべる |
| 英訳の見出し | 「否定の告白(The Negative Confession)」 |
| パピルス | 前半はヌのパピルス、42の神々へのよびかけはネブセニのパピルス(どちらも大英博物館)からの訳 |
| さいごのことば | 「わたしは清い。わたしは清い。わたしは清い。わたしは清い」 |
1. 真理の広間へ
- ヌのパピルスでは、死者ヌは、「すべての罪からはなされ、神々の顔を見るために」、ふたつの真理の広間に入ります
- ヌはこう語りはじめます。「偉大な神よ、ふたつの真理の主よ。わたしは、あなたと、この広間にいる42の神々の名を知っています。わたしは、あなたのもとに真理(マアト)をもってきました」
- 広間の入り口では、アヌビスが、戸の名、戸の上の板と下の板の名をたずね、死者が答えると「知っているなら、通りなさい」と言う場面もあります(アニのパピルス)
2. しなかった悪いこと
ヌがならべる「しなかったこと」から、いくつかを紹介します。
- 「家族をしいたげていません」「召使いをひどくあつかっていません」
- 「だれにも、うえる思いをさせていません。だれも、泣かせていません」
- 「升(ます)の量をへらしていません」「はかりのおもりをふやしていません。はかりの目もりを読みちがえていません」
- 「子どもの口から、ミルクをうばっていません」
- 「牧場の家畜を、追いはらっていません」
- 「流れるべきときに、水をせきとめていません。流れる運河を、切りくずしていません」
- 「もえているべきときに、火を消していません」

メル美「だれも泣かせていません」「子どものミルクをうばっていません」…。宗教のきまりというより、やさしく生きるための約束みたい。
3. 42の神々へ
ネブセニのパピルスでは、死者は、42の神々ひとりひとりに、その神の名と、来たところをよびかけてから、ひとつずつ告げていきます。
- 「ヘリオポリスから来る、大またで歩く者よ。わたしは、不正をしていません」
- 「ヘルモポリスから来る、神の鼻よ。わたしは、だれにも乱暴をしていません」
- 「ヘラクレオポリスから来る者よ。わたしは、うそを言っていません」
- 「わたしは、悪いことばを口にしていません」「わたしは、わけもなく、いかっていません」
- 「わたしは、真理のことばに耳をふさいでいません」「わたしは、争いをおこしていません」
- 「わたしは、いそいで人をさばいていません」「わたしは、ことばを多くしすぎていません」「わたしは、声を高ぶらせていません」
- 「わたしは、水をよごしていません」
4. 「わたしは清い」
- ヌは、しなかったことをならべたあと、4回くりかえします。「わたしは清い。わたしは清い。わたしは清い。わたしは清い」
- そして、「わたしは、この神々の名を知っているので、この地で、このふたつの真理の広間で、わたしに悪いことがおきませんように」としめくくります

プレ男「声を高ぶらせない」「しゃべりすぎない」「いそいで人をさばかない」…。ずっとむかしの人も、同じことに気をつけていたんだね。
5. バッジの解説
- バッジは、1920年版『死者の書』の解説で、これを「オシリスの審判の章」である第125章とし、3つの部分に分かれていると説明しています
- 42の神々は、それぞれエジプトの州(ノモス)のひとつをあらわし、広間の両側に21人ずつならんでいる、とバッジは書いています。広間のおくには、アヌビスがまもる大きな天秤があります
- 42の神々の名の多くは古いものではなく、第12王朝から第18王朝のころに、神官たちがつくったものだろう、とバッジは考えています
- また、昔のエジプト学者がこの部分を「否定の告白」とよび、少し正確でない名だが、いまもその名で知られている、とも書いています

バッジ訳の『死者の書』では、死者は、ふたつの真理の広間で「だれにも、うえる思いをさせていません。だれも、泣かせていません」と告げています。
まとめ
- 『死者の書』第125章で、死者は「ふたつの真理の広間」に入り、42の神々の前に立つ
- 死者は「わたしは○○をしていません」と、しなかった悪いことをひとつずつ告げる(否定の告白)
- 「だれも泣かせていない」「うえさせていない」「はかりをごまかしていない」「水をよごしていない」など
- さいごに「わたしは清い」と4回くりかえす
- 心臓をはかる天秤のアヌビス、審判のあとの葦の野、同じ『死者の書』の変身の章もどうぞ
参考文献
- E. A. Wallis Budge(英訳). The Book of the Dead, According to the Theban Recension(“The Chapter of Entering into the Hall of Double Maāti”、“The Introduction to Maati”、“The Negative Confession”). In: Epiphanius Wilson(編). Egyptian Literature. Project Gutenberg. https://www.gutenberg.org/ebooks/28282 (閲覧日:2026年10月12日)
- E.A. Wallis Budge(英訳・解説). The Book of the Dead(1920年版). Chapter VII “The Judgment of Osiris”. Project Gutenberg. https://www.gutenberg.org/ebooks/7145 (閲覧日:2026年10月12日)
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