
プレ男むかしの日本に、夏まで氷をとっておく場所があったの? 冷蔵庫もないのに?

メル美『日本書紀』に、その「氷室」が見つかった話があるんだって。鷹狩りのはじまりや、鳥の名前をとりかえた話もあるの。
こんにちは、Dr. Taro です。 神話の解説、今回は日本の『日本書紀』の仁徳天皇の鳥と氷の話です。『日本書紀』巻第十一(仁徳天皇)の原文(ウィキソース)を読みました。同じ仁徳天皇の話は仁徳天皇と民のかまどへ。『古事記』で仁徳天皇(オホサザキの命)が位につくまでの話はウヂの若郎子と位のゆずりあいへ。人の名や地名には、原文にない読みがなはつけていません。
プロフィール
| 話 | あらすじ |
|---|---|
| 鳥の名のとりかえ | 天皇の子が生まれた日、産屋に木菟が、大臣の子が生まれた日には鷦鷯が入った。2人の子の名に、鳥の名をとりかえてつけた |
| 鷹狩り | 網にかかったふしぎな鳥を、酒君がならした。百済では「倶知」とよばれる鳥で、原文の注に「いまの鷹」とある |
| 氷室 | 闘鶏の野で見つかった、土をほって草でおおい、夏まで氷をたくわえるむろ |
1. 鳥の名をとりかえる
- 『日本書紀』によると、仁徳天皇が生まれた日、木菟という鳥が産殿に入ってきました
- 次の朝、父の誉田天皇は、大臣武内宿禰をよんで「これは何のしるしか」とたずねました。大臣は「めでたいしるしです」と答え、「きのう、わたしの妻がお産をしたときにも、鷦鷯が産屋に入ってきました。これもふしぎなことです」と言いました
- 天皇は言いました。「わたしの子と大臣の子が、同じ日に生まれ、どちらにもしるしがあった。これは天のしるしだ。その鳥の名をとって、たがいにとりかえて子に名づけ、のちの世までの約束としよう」
- こうして、鷦鷯の名をとって太子を「大鷦鷯皇子」と名づけ、木菟の名をとって大臣の子を「木菟宿禰」と名づけました。木菟宿禰は、平群の臣の祖先だ、と書かれています

メル美同じ日に生まれた2人が、鳥の名前をとりかえっこ。ずっとなかよくしよう、っていう約束なんだね。
2. 倶知という鳥
- 仁徳天皇の43年の秋、依網の屯倉の阿弭古が、ふしぎな鳥をつかまえて天皇にさしあげました。「いつも網をはって鳥をとっていますが、こんな鳥はとったことがありません」
- 天皇は酒君をよんで、「これは何という鳥か」とたずねました。酒君は答えました。「この鳥のなかまは、百済にたくさんいます。ならすと人にしたがい、すばやくとんで、ほかの鳥をとらえます。百済では『倶知』とよびます」。原文の注には「これが、いまの鷹である」とあります
- 天皇は酒君に鳥をあずけてならさせました。まもなく鳥はなれ、酒君は、なめし革のひもを足に、小さな鈴を尾につけて、うでの上にとまらせて天皇にさしあげました
3. 百舌鳥野の狩り
- その日、天皇は百舌鳥野へ狩りに出かけました。メスのキジがたくさんとびたつと、鷹をはなしてとらせ、たちまち数十羽のキジをとりました
- その月に、はじめて鷹甘部(鷹をかう人々)をさだめました。そのため、人々は鷹をかうところを「鷹甘邑」とよんだ、と書かれています

プレ男足にひも、尾に鈴をつけた鷹をうでにのせて…。いまの鷹匠さんみたいだね!
4. 野の中の氷室
- 仁徳天皇の62年のこと、額田大中彦皇子が闘鶏で狩りをしていたとき、山の上から野を見わたすと、いおりのような形のものがありました。使いに見に行かせると、「穴です」との答えでした
- 皇子が闘鶏の稲置大山主をよんでたずねると、大山主は「氷室です」と答えました
- 「どのようにたくわえ、何につかうのか」とたずねると、大山主は言いました。「土を1丈あまりほり、その上を草でおおい、カヤやオギをあつくしいて、氷をとってその上におきます。夏の月がすぎても、とけません。暑い月に、水や酒にひたしてつかいます」
- 皇子はその氷をもちかえって、天皇にさしあげました。天皇はよろこび、それからは、毎年冬のおわりに氷をたくわえ、春分になってはじめて氷をくばるようになった、と『日本書紀』は語ります

『日本書紀』巻第十一では、闘鶏の稲置大山主が、土をほって草でおおい、その上に氷をおくと夏がすぎてもとけない、と氷室のつくりかたを答えています。
まとめ
- 仁徳天皇と大臣武内宿禰の子は、同じ日に生まれ、産屋に入った鳥の名をとりかえて名づけられた
- 網にかかったふしぎな鳥は、百済で「倶知」とよばれる鳥(いまの鷹)。酒君がならし、百舌鳥野でキジをとった
- 闘鶏の野の「いおりのような穴」は、夏まで氷をたくわえる氷室だった
- それから毎年、冬のおわりに氷をたくわえ、春分にくばるようになった
- 同じ仁徳天皇の民のかまど、位につくまでのウヂの若郎子と位のゆずりあい、『古事記』の引田部の赤猪子もどうぞ
参考文献
- 『日本書紀』巻第十一(仁徳天皇 元年の条、43年の条、62年の「是歳」の条). ウィキソース. https://zh.wikisource.org/wiki/日本書紀/卷第十一 (閲覧日:2026年10月12日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。
