
プレ男石が、よっぱらいからにげた!? そんなことわざがあるの?

メル美『古事記』に出てくるんだって。海のむこうから、本やお酒づくりの技術がやってきた話といっしょに語られているの。
こんにちは、Dr. Taro です。 神話の解説、今回は日本の『古事記』の応神天皇の段の「文化の渡来」と「国主歌」です。『古事記』中つ巻の応神天皇の段(武田祐吉訳、青空文庫)を読みました。同じ応神天皇の段の話はウヂの若郎子と位のゆずりあい、アメノヒボコ、春山の霞壮夫と秋山の下氷壮夫へ。
プロフィール
| アチキシ | 百済の照古王が、牡馬と牝馬をつけてよこした人。阿直の史たちの祖先 |
| ワニキシ | 百済からよこされた賢人。論語10巻、千字文1巻をもってきた |
| 職人 | かじ屋の卓素、はた織りの西素 |
| ススコリ(ニホ) | 酒づくりを知っている人。天皇に酒をささげた |
| ことわざ | 「かたい石でも、酔った人に会うとにげる」 |
| 吉野のクズ | 吉野の山の人々。大刀をたたえ、酒をささげて歌った |
1. 海をわたってきたもの
- 武田祐吉訳によると、この段は「大陸の文化の渡来した記憶がまとめて語られる」ところです
- 応神天皇の時代に、海部・山部・山守部・伊勢部がさだめられ、剣の池がつくられました。新羅の人がわたってきたので、タケシウチの宿禰がその人たちをつれて、百済の池をつくりました
- 百済の国王照古王は、牡馬1頭と牝馬1頭をアチキシにつけてよこし、大刀と大鏡もおくってきました
2. 論語と千字文
- 天皇が「百済の国に、もし賢い人がいれば、よこしなさい」と言うと、よこされたのがワニキシでした。ワニキシは、論語10巻、千字文1巻、あわせて11巻をもってきました
- また、かじ屋の卓素、はたを織る西素の2人の職人もおくられてきました
- 秦の造、漢の直の祖先、それに、酒をつくることを知っているニホ、またの名をススコリという人たちも、わたってきました

メル美本、鉄、はた織り、お酒づくり…。いろんな技術が、海をこえてやってきたんだね。
3. 逃げた石
- ススコリは、お酒をかもして天皇にささげました。天皇はそのお酒にうかれて、歌をよみました
- 「ススコリのかもしたお酒に、わたしは酔いましたよ。平和なお酒、楽しいお酒に、わたしは酔いましたよ」
- こう歌いながら、天皇は、大坂の道のまんなかにある大きな石を、杖でうちました。すると、その石がにげだしたのです
- それで、ことわざに「かたい石でも、酔った人に会うとにげる」というのだ、と『古事記』は語ります

プレ男石もこわがってにげるくらい、酔っぱらっていたんだ(笑)。お酒はほどほどに、だね。
4. 吉野のクズの歌(国主歌)
- 武田祐吉訳では、「国主歌」は「吉野山中の土民の歌曲」と説明されています
- 吉野のクズたちは、オホサザキの命(のちの仁徳天皇)のさしている大刀を見て、歌いました。「天子さまの日の御子であるオホサザキさま、オホサザキさまのおさしになっている大刀は、もとはするどく、切先には魂がある。冬木のすがれの下の木のように、さやさやと鳴りわたる」
- また、吉野のカシの木のほとりで臼をつくり、その臼で酒をつくってささげるとき、口つづみをうって、しぐさをしながら歌いました。「カシの木の原に横の広い臼をつくり、その臼でかもしたお酒、おいしそうにめしあがりませ、わたしの父さん」
- この歌は、クズたちが土地の産物をささげるときに、いまでもいつも歌う歌である、と書かれています

武田祐吉訳の『古事記』では、ススコリのかもした酒に酔った天皇が杖で大石をうつと、石がにげだしたので、「かたい石でも、酔った人に会うとにげる」ということわざができた、と語られています。
まとめ
- 応神天皇の時代、百済から馬、大刀と大鏡、そして論語と千字文をもったワニキシがやってきた
- かじ屋、はた織りの職人、秦や漢の祖先、酒づくりのススコリもわたってきた
- ススコリの酒に酔った天皇が杖で石をうつと、石がにげだし、「かたい石でも、酔った人に会うとにげる」ということわざになった
- 吉野のクズたちは、大刀をたたえる歌と、酒をささげる歌をうたった
- 同じ応神天皇の段のウヂの若郎子と位のゆずりあい、アメノヒボコ、春山の霞壮夫と秋山の下氷壮夫もどうぞ
参考文献
- 武田祐吉訳『古事記』(中つ巻 応神天皇「国主歌」「文化の渡来」). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/001518/card51732.html (閲覧日:2026年10月12日)
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