
プレ男好きな子をめぐって、歌でバトル!? 古代のラップバトルみたい!

メル美「歌垣」っていう、人が集まって歌を掛けあう場なんだって。相手の歌の下の句を、うまく返すのがポイントなの。
こんにちは、Dr. Taro です。 神話の解説、今回は日本の『古事記』の「歌垣」と、顕宗天皇の段の御陵の話です。『古事記』下つ巻の清寧天皇の段の「歌垣」と、顕宗天皇の段(武田祐吉訳、青空文庫)を読みました。ヲケとオケの兄弟が、名のりをあげるまでの話はオケとヲケへ。
プロフィール
| ヲケの命 | のちの顕宗天皇。兄オケとともに、播磨にかくれていた王子 |
| オケの命 | ヲケの兄。のちの仁賢天皇 |
| シビの臣 | 平群の臣の祖先。歌垣で、ヲケが結婚しようとしていた娘の手をとった |
| オホヲ | 菟田の長の娘。ヲケが結婚しようとしていた娘 |
| 歌垣 | 人々が集まり、歌を掛けあう場 |
| 武田祐吉の説明 | 『日本書紀』では、武烈天皇が太子だったころの話とし、歌も多くちがう。ある王子とシビという貴公子の物語として伝わったのがもとの形だろう |
1. 歌垣で手をとられた娘
- 武田祐吉訳によると、ヲケの命が天下をおさめようとしていたころ、平群の臣の祖先のシビの臣が、歌垣の場で、ヲケの命が結婚しようとしていた娘の手をとりました。その娘は、菟田の長の娘のオホヲでした
- そこで、ヲケの命も歌垣に立ちました
2. 歌の掛けあい
- シビが歌いかけます。「御殿の小さいほうの出っぱりは、すみがまがっている」。そして、その歌のしまいの句をもとめると、ヲケの命は返しました。「大工がへただったので、すみがまがっているのだ」
- シビがまた歌います。「王子さまのお心がのんびりしていて、臣下の幾重にもかこった柴垣に、入りこまずにおられます」
- 王子は返します。「潮のよせる瀬の、波のくだけるところを見れば、あそんでいるシビ魚のそばに、妻が立っているのが見える」
- シビはいよいよおこって歌います。「王子さまのつくった柴垣は、ふしだらけにむすんであって、切れる柴垣、焼ける柴垣です」
- 王子は返します。「大きい魚の鮪をつく海人よ、その魚があれたら、心こいしいだろう。鮪をつく、鮪の臣よ」
- こうして歌を掛けあい、夜をあかしてわかれました

メル美相手の名前「シビ」を、魚の「シビ魚」や「鮪」にかけて返しているんだ! ことばあそびで張りあっていたんだね。
3. 歌くらべのあと
- 翌朝、オケの命とヲケの命は相談しました。「朝廷の人たちは、朝は朝廷に来るが、昼はシビの家に集まっている。いまならシビはねているだろう」。そして軍をおこし、シビの家をせめた、と『古事記』は語ります
- そのあと、兄弟は天下をゆずりあいました。兄オケは「播磨にいたとき、あなたが名をあらわさなかったら、天下をおさめる君主にはならなかったでしょう。これはあなたの手柄です」と言って、弟ヲケに位をゆずりました
4. 父の仇の御陵
- 天皇になったヲケ(顕宗天皇)は、父イチノベノオシハの王を死なせたオホハツセの天皇(雄略天皇)を深くうらみ、その御陵をこわそうと思って、人をつかわそうとしました
- すると兄のオケの命が言いました。「この御陵をこわすのに、ほかの人をやってはいけません。わたしが自分で行って、お心のとおりにこわしてまいりましょう」
- オケの命は出かけていき、御陵のそばを少し掘って、もどってきました。そして「すっかり掘りこわしました」と言いました
5. 「後の世の人がそしるでしょう」
- 天皇は、あまりにはやく帰ってきたのをあやしんで、「どのようにこわしたのか」とたずねました。オケの命は「御陵のそばの土を、少し掘りました」と答えました
- 「父の仇をうつには、すっかりこわすべきなのに、なぜ少しだけ掘ったのか」という天皇に、オケの命は言いました
- 「父上の仇をうとうと思われるのは、まことに道理です。けれどもオホハツセの天皇は、父上の仇ではあっても、叔父でもあり、天下をおさめた天皇です。父の仇ということだけで御陵をすっかりこわせば、後の世の人がきっとそしるでしょう。それで、御陵のあたりを少し掘りました。これで、後の世にしめすにもじゅうぶんでしょう」
- 天皇は「それも道理です。おことばのとおりでよい」と言いました。のちに、オケの命が位につきました

プレ男弟の気持ちもくみつつ、やりすぎないようにした兄さん。かしこいなあ。

武田祐吉訳の『古事記』では、兄オケの命は、父の仇の天皇の御陵をすっかりこわせば後の世の人がそしるだろうと考え、御陵のそばの土を少しだけ掘ってもどった、と語られています。
まとめ
- 歌垣の場で、王子ヲケと、平群の臣の祖先のシビが、娘オホヲをめぐって歌を掛けあった
- ヲケは、シビの名を魚のシビ魚・鮪にかけて返し、歌くらべは夜があけるまでつづいた
- 天皇になったヲケは、父の仇の天皇の御陵をこわそうとした
- 兄オケは「後の世の人がそしるでしょう」と、御陵のそばを少しだけ掘ってもどり、天皇も「それも道理」とみとめた
- 兄弟が名のりをあげるまでのオケとヲケ、同じ下つ巻の引田部の赤猪子、仁徳天皇の歌物語もどうぞ
参考文献
- 武田祐吉訳『古事記』(下つ巻 清寧天皇「歌垣」、顕宗天皇). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/001518/card51732.html (閲覧日:2026年10月12日)
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