
プレ男お岩さんの神社って、行くと祟られるとか言われてない?ちょっとこわいんだけど。

メル美もとはお岩さんの家の神さまだったんだって。神社が2つあるって聞いたけど、どうしてなんだろう。
今回は、『四谷怪談』のお岩さんをまつる於岩稲荷田宮神社(おいわいなりたみやじんじゃ)です。中央区の文化財の解説(広報紙コラム「区内の文化財」、平成28年1月21日号)をもとにまとめました。このサイトでは、「祟る」とも「出る」とも言いません。
プロフィール
| 祭神 | 豊受比売大神(とようけひめのおおかみ)と、田宮於岩命(たみやおいわのみこと)(田宮又左衛門の娘・お岩) |
| 場所 | 中央区新川二丁目25番11号(明治12年から)。四谷の旧地(いまの新宿区左門町)にも、戦後の昭和27年に再建 |
| もとは | 江戸時代、四谷左門町の先手鉄砲組同心・田宮家の屋敷神 |
| 文化財 | 境内の石造鳥居(明治30年)が、平成10年(1998年)4月1日に中央区民有形民俗文化財に |
もとは、田宮家の「屋敷神」
- 中央区の解説によると、江戸時代のこの神社は、四谷左門町(いまの新宿区左門町)に住む先手鉄砲組同心・田宮家の屋敷神として祀られていました。屋敷神とは、その家の敷地に祀る神さまのことです
- 祭神は、稲荷の神である豊受比売大神と、田宮於岩命(田宮又左衛門の娘・お岩)
- 中央区は、とくに婿養子の伊右衛門とともに家勢を再興したお岩の徳をたたえた稲荷社として、古くから信仰を集めてきた、と紹介しています

メル美えっ、お芝居のお岩さんとは、ずいぶんちがう紹介なんだね。
- 歌舞伎『東海道四谷怪談』のお岩は、夫の伊右衛門に裏切られて恨みを残して亡くなる役です。お芝居のなりたちや、もとになったうわさ話は、四谷怪談の記事でくわしく紹介しています

猿雀「市川米蔵のお岩の霊」1865年。木版画(錦絵)。メトロポリタン美術館所蔵(パブリックドメイン)
なぜ神社が2つあるの?
- 明治12年(1879年)、四谷の神社は火災で焼失しました。これをきっかけに、京橋区越前堀一丁目(いまの中央区新川)へ遷座(神さまのお住まいを移すこと)しました
- その後、戦後の昭和27年(1952年)に、四谷の旧地にも再建されました。こうして、新川と四谷の2か所に「於岩稲荷田宮神社」があるのです
- 新川の社殿は、関東大震災や昭和の空襲で焼けては建て直すことをくり返してきました
明治の「お岩さん」人気
- 中央区の解説は、明治33年(1900年)の『新撰東京名所図会』を引いています。それによると、境内はおよそ500坪。石塀をめぐらせ、石の門柱に鉄の扉、唐銅(からかね)の献燈が2基、末社に白狐社と豊元社がありました
- 大祭は3月の2の午の日、毎月22日と28日が例祭。そして「俳優、芸妓の参詣夥多敷(おびただしく)」、門前には講中の待合茶屋が2軒あった、と書かれています
- 中央区は、明治・大正期には歌舞伎「東海道四谷怪談」の人気とあいまって、この神社への信仰もさかんだったことがうかがえる、と説明しています

プレ男役者さんや芸妓さんがたくさんお参りに来てたんだ。こわい場所っていうより、芝居の町の人気の神社だったんだね。
震災も空襲もくぐりぬけた石の鳥居
- 新川の境内、本殿に向かって右側に立つのが、中央区民有形民俗文化財の石造鳥居です
- 高さ約2m50cm、幅約3m15cm、柱の直径約20cmの、やや小さい神明鳥居。柱の裏には「奉納 明治三十年正月吉日」の文字が刻まれています
- もとは末社「白狐社」(いまは境内北東の「狐塚」に鎮座)の参道の前に建てられたもので、建てられたときの位置のまま残っています
- 社殿は震災と空襲で焼けましたが、この鳥居は奇跡的に焼けずに残り、明治から続く信仰をいまに伝えている、と中央区は書いています

於岩稲荷田宮神社は、江戸時代には四谷左門町の田宮家の屋敷神でした。明治12年の火災をきっかけに中央区新川へ移り、戦後の昭和27年に四谷の旧地にも再建されています。
訪れるときのマナー
- ここは、いまも地域の人が大切にお参りしている神社です。「祟りをためす」ような肝試しや、ふざけた撮影はやめましょう
- 鳥居をくぐり、参道を進んで拝殿でお参りする——中央区の解説が書いているとおりの、ふつうの参拝で十分です
- 夜にしのびこむのはやめましょう。刑法第130条(住居侵入等)は、正当な理由なく人が管理する建造物などに入ったり、出ていくよう言われても出なかったりした人を、3年以下の拘禁刑または10万円以下の罰金としています
- どちらの神社も、まわりは住宅やオフィスの多い町です。話し声や路上駐車で近所の迷惑にならないように
まとめ
- 於岩稲荷田宮神社は、江戸時代、四谷左門町の先手鉄砲組同心・田宮家の屋敷神
- 祭神は豊受比売大神と田宮於岩命。中央区は「婿養子とともに家を再興したお岩の徳」をたたえる稲荷社と紹介
- 明治12年(1879年)の火災で中央区新川へ移り、昭和27年(1952年)に四谷の旧地にも再建。だから2か所にある
- 明治33年の記録では、俳優や芸妓の参詣が多かった
- 境内の明治30年の石造鳥居は、震災と空襲をくぐりぬけた中央区民有形民俗文化財
- お芝居の話は四谷怪談、もう1つの江戸の怪談は番町皿屋敷、東京の「祟り」伝説は将門塚もどうぞ
参考文献
- 中央区. 於岩稲荷田宮神社の鳥居(区民有形民俗文化財。広報紙コラム「区内の文化財」平成28年1月21日号掲載). https://www.city.chuo.lg.jp/a0052/bunkakankou/rekishi/bunkazai/kuminbunkazai/oiwainaritamiyajinjyanotorii.html (閲覧日:2026年10月22日)
- 刑法(明治40年法律第45号)第130条. e-Gov法令検索. https://laws.e-gov.go.jp/law/140AC0000000045 (閲覧日:2026年10月22日)
- The Metropolitan Museum of Art. Enjaku, Ichikawa Yonezō as the Ghost of Oiwa, 1865(2011.152、Open Access/パブリックドメイン). https://www.metmuseum.org/art/collection/search/76582 (閲覧日:2026年10月22日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。

