
プレ男「離魂病」って、魂が体から離れる病気?

メル美そういう言い伝えの名前なの。自分そっくりの人が町を歩いている…っていう、こわい話だよ。
今回は、岡本綺堂の短編「離魂病」(りこんびょう)です。青空文庫の本文(底本:原書房『異妖の怪談集 岡本綺堂伝奇小説集 其ノ二』)で読みました。初出は『新小説』1925年(大正14年)7月です。本文中の「」の言葉は、青空文庫の本文からの引用です。「離魂病」は作中の言い伝えの言葉で、医学の病名として紹介するものではありません。
妹にうり二つの娘
- 語り手のM君が、叔父から聞いた話です。嘉永の初年ごろ、小石川の江戸川端に、西岡鶴之助という20歳の幕臣が、16歳の妹お福と、中間・下女の4人で暮らしていました
- 6月はじめの夕方、西岡は御成道で、前を歩く若い娘に目をとめます。島田の髷も、襟元も、着物のうしろ姿も、妹と寸分ちがわない。日傘にさえぎられて、横顔は見えません
- 家に帰ると、お福はちゃんと家にいて、どこへも出ていないといいます。「では、どうしても他人の空似か」
二度目は、青山の草原で
- 半月ほどのち、西岡は青山の善光寺門前で、また妹と同じ娘を見かけます
- あとをつけると、娘は人も隠れるほど草の茂った権田原の原っぱへ。「もし、もし。お嬢さん」と呼んでも振りむかず、草むらの奥へふみこんで、姿が消えてしまいました
- 家に帰ると、きょうもお福はどこへも出ていませんでした
三度目は、妹と一緒に
- 翌月13日、盂蘭盆の入り。西岡は妹をつれて墓参りに行き、帰りの浅草広小路で、またその娘のうしろ姿を見ます
- ふりかえると、お福はたしかに自分のうしろにいる。「あれ、御覧、あの娘を……。おまえによく似ているじゃあないか」
- お福は言いました。「自分で自分の姿はわかりませんけれど、あの人はそんなにわたくしに似ているでしょうか」

プレ男本人がすぐうしろにいるのに、前にもう一人!これはさすがに空似じゃすまないよ…。
盂蘭盆の夜
- その晩、迎え火をたいたあと、買い物から帰った下女が言います。「でも、御門の前をあるいておいでなすったのは、確かにお嬢さんでございましたが……」
- 奥をのぞくと、お福は北向きの窓によりかかって、うとうとしているようでした
- 西岡は刀をとって表へ飛びだします。隣の屋敷の門前で涼んでいた叔父も、「今ここを通ったのはお福さんらしかったよ」
- 追いかけても見つからず、もどってきた西岡に、叔父は笑って言いました。「まさか離魂病というものであるまい」
- そこへ中間が駆けてきます。「旦那さま、大変でございます。お嬢さんが……」「いつの間にか冷たくなっておいでのようで……」
- お福は、窓によりかかったまま、眠るように亡くなっていたのです。「あの女はやっぱり魔ものだ」
『奥州咄』の話
- 西岡と叔父が漢籍を習っていた老学者・采石は、こんな話をします。仙台藩の只野あや女(のちの真葛尼)が書いた『奥州咄』に、こういう話があったはずだ、と
- ある侍が外から帰ると、自分の部屋の机の前に自分と同じ人が座っていて、煙のように消えた。母に話すと、母はいやな顔をして黙っていた。3日もたたないうちに、その侍は急に亡くなった。その家は「自分で自分のすがたを見るときは死ぬ」と言い伝えられる家筋で、侍の父も、自分の姿を見て2、3日のちに亡くなったのだ——
- 采石は、それは中国の離魂病の話でも書きなおしたものだろうと思っていたが、今度の件は少し似ている。しかも兄だけでなく、奉公人や隣家の人までがその姿を見たのだから、なおさら不思議だ、と言いました
- 叔父は思います。人が死ぬ前には、その魂がぬけだしてさまよい歩くのかもしれない。「そうなれば、これも一種の離魂病である」

メル美町を歩いていたのは、お福さんの魂だったのかもしれない…ってことなんだね。
明治まで生きた兄
- 西岡は、それから「もしや自分に似た人に出逢いはしまいかと」びくびくしていましたが、妹に似た娘にも、自分に似た男にも、二度と出会わなかったようです
- 西岡は明治のあとまで生き、還暦の祝いもすませました。明治24年の正月、叔父のところで「もういつ死んでも憾みはないよ。ははははは」と笑って話していった半月ほどあと、亡くなります。作中では、この年の春、東京でインフルエンザが非常に流行していて、西岡もそれにかかって5日ばかりで亡くなった、と書かれています
- 死ぬ前に、自分で自分の姿を見たかどうか。叔父もまさかそれを聞くわけにはいかず、遺族からも、そんな話は出なかった——と物語は結ばれます

「離魂病」の老学者は、只野真葛の『奥州咄』にある「自分で自分のすがたを見るときは死ぬ」と言い伝えられる家の話を紹介します。綺堂は、西岡が亡くなる前に自分の姿を見たかどうかを、最後まで書いていません。
まとめ
- 「離魂病」は岡本綺堂の短編。初出は『新小説』1925年7月
- 嘉永の初年、御家人西岡鶴之助は、町で妹お福にうり二つの娘を3度見る
- 盂蘭盆の夜、下女も叔父も門前を通る「お福」を見た。そのとき、お福は窓辺で亡くなっていた
- 只野真葛の『奥州咄』:「自分で自分のすがたを見るときは死ぬ」家筋の話
- 西岡は明治まで生き、明治24年に亡くなる。自分の姿を見たかどうかは、だれも知らない
- 綺堂の影を踏まれた女、魂が体をはなれる話は小泉八雲の生霊、死霊もどうぞ
参考文献
- 岡本綺堂. 離魂病(底本:『異妖の怪談集 岡本綺堂伝奇小説集 其ノ二』原書房). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000082/card43548.html (閲覧日:2026年10月12日)
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