
メル美「生霊」って、生きてる人の魂が、体からぬけ出して人にとりつくことなんだって。

プレ男幽霊よりこわいかも…。だって、相手はまだ生きてるんでしょ?
今回は、小泉八雲『骨董(Kotto)』の「生霊(IKIRYŌ)」です。英語の原文(1903年のマクミラン社版)をプロジェクト・グーテンベルクで、日本語訳(田部隆次訳)を青空文庫で読みました。人名・地名は田部隆次訳の漢字を、いまの字体にして使っています。読みは青空文庫の図書カードによります。
生霊とは(八雲の注)
- 八雲の注によると、「生霊」は文字どおりには「生きている霊」、つまりまだ生きている人の幽霊のことです
- 怒りのために体からはなれ、その怒りの原因になった人にとりついて苦しめることがある、とされます
- そして生霊は、とりつかれた本人にしか見えないのだといいます
あらすじ1:医者にも治せない病気
- むかし、江戸の霊岸島に、喜兵衛という金持ちの、大きな瀬戸物店がありました。店をまかされていたのは、長年つとめる番頭の六兵衛です
- 店が大きくなり、六兵衛は手伝いをやとうことにします。それが、大阪で瀬戸物の商売を習った、22歳ばかりのおいでした
- おいは、おじよりも商売上手で、店はさらに大きくなり、喜兵衛もよろこびます。ところが、つとめはじめて7か月ほどで、重い病気になってしまいました
- 江戸でいちばんの医者たちにも、病気の正体はわかりません。「こういう病気は、何かひそかな悲しみが原因だろう」と言うだけでした
あらすじ2:「女の影が、のどをしめに来る」
- 六兵衛は「恋わずらい」ではないかと考え、「親のかわりに、何でも力になる。お金がいるなら、えんりょなく言いなさい」と話します
- おいは答えました
- 「ご親切は一生わすれません。でも、思う女の人などいません。この病気は、医者にもお金にも治せないのです」
- 「昼も夜も、店でも部屋でも、ひとりでも人といても、女の影がつきまとって、わたしを苦しめるのです。目をとじると、その影がのどをつかんで、しめ殺そうとする。だから、眠れないのです」
- 「その影は、死んだ人の幽霊ではありません。生きている人の憎しみがつくったものです。あなたもよく知っている人——この家のおかみさん、喜兵衛さまの奥さまです。わたしを殺したいのです」

プレ男えっ、おかみさん!?何もしてないのに、なんでうらまれるの?
あらすじ3:おかみさんの告白
- 六兵衛にも、わけがわかりません。おかみさんは50歳をずっとこえていて、恋とは考えられない。若い番頭は、まじめで、礼儀正しく、仕事熱心でした
- 六兵衛から話を聞いた喜兵衛は、40年のあいだ一度もうそをつかなかった六兵衛を信じて、妻を問いただします。妻は青ざめて泣き、やがて正直に話しはじめました
- 「番頭の言う生霊の話は、本当だと思います。言葉や顔には出さないようにしていましたが、どうしてもきらう気持ちをおさえられなかったのです」
- 「あの番頭は商売がとても上手で、あなたは店の大きな権限をあたえました。でも、店をつぐはずのわたしたちのひとり息子は、人がよくて、すぐだまされる。あの番頭が、息子をだまして、この財産をうばうのではないかと、ずっと心配だったのです」
- 「何度も、あの人が死ねばいいと思いました。人をこんなふうに憎むのはいけないとわかっていても、その気持ちをとめられなかったのです」
そして、生霊は消えた
- 喜兵衛は「ばかなことで自分を苦しめて。番頭は何ひとつ、とがめられることはしていない。おまえは、あの者をひどく苦しめたのだ」と言い、ひとつの提案をします
- 「もし番頭を、おじといっしょに、よその町に出す支店へ送ったら、少しはやさしく思えるか」
- 妻は答えます。「顔を見ず、声も聞かなければ——この家から出してくだされば、憎しみにうちかてると思います」
- 喜兵衛はすぐに、よその町に支店を出し、六兵衛とおいにまかせました。それから生霊は番頭を苦しめなくなり、番頭はまもなく元気になったのです

メル美こわいのは「影」より、子どもを心配するあまりの、おさえきれない気持ちのほうかもね。はなれることで、みんなが救われたんだ。

小泉八雲の注によると、生霊は、まだ生きている人の霊で、怒りのために体からはなれ、その原因になった人にとりついて苦しめることがあるとされます。
まとめ
- 「生霊」は、小泉八雲『骨董』の一編。生霊とは、まだ生きている人の霊
- 江戸・霊岸島の瀬戸物店で、有能な若い番頭が、医者にも治せない病気に
- 番頭は「女の影が、のどをしめに来る。それはおかみさんの憎しみだ」と打ちあける
- おかみさんは、ひとり息子の将来を心配するあまり、番頭を憎んでしまっていた
- 番頭をよその町の支店に出すと、生霊は消え、番頭は元気になった
- 死んだ人の霊の話は死霊、『骨董』の話は常識、幽霊滝の伝説、茶碗の中もどうぞ
参考文献
- Lafcadio Hearn. Kotto: Being Japanese Curios, with Sundry Cobwebs(New York: The Macmillan Company, 1903). “Ikiryō”. Project Gutenberg. https://www.gutenberg.org/ebooks/55473 (閲覧日:2026年10月10日)
- 小泉八雲(田部隆次訳). 生霊(底本:『小泉八雲全集第八卷 家庭版』第一書房). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000258/card59424.html (閲覧日:2026年10月10日)
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