
メル美お茶の中に、知らない人の顔がうつってたらどうする?

プレ男え、こわい…。すぐ捨てるよ!
今回は、小泉八雲『骨董(Kotto)』の「茶碗の中(IN A CUP OF TEA)」です。英語の原文(1903年のマクミラン社版)をプロジェクト・グーテンベルクで、日本語訳(田部隆次訳)を青空文庫で読みました。人名・地名は田部隆次訳の漢字を、いまの字体(關内→関内など)にして使っています。
八雲の前おき:「とちゅうで終わった物語」
- 八雲は、こう話しはじめます。古い塔の階段を、暗闇の中をのぼっていったら、そのまん中で、クモの巣のはった、何もない行きどまりに出たことはありませんか
- 日本の古い話の本には、ちょうどそんな気持ちになる、とちゅうで終わった物語が、ふしぎにも残っている。作者がなまけたのか、出版元とけんかしたのか、急によばれて机にもどらなかったのか、それとも文のまん中で死が筆を止めたのか。だれにもわからない
- 「わたしは、その代表的なひとつをえらぼう」
あらすじ1:茶碗にうつった顔
- 天和の年のお正月、中川佐渡守は年始のあいさつに出かけるとちゅう、江戸の本郷、白山の茶店で休みました
- 家来の若党関内は、のどがかわいて、大きな茶碗に自分でお茶をいれます。飲もうとしたとき、すきとおった黄色いお茶の中に、自分ではない顔がうつっているのに気づきました
- まわりを見ても、だれもいません。髪の形から見ると若い侍の顔で、ふしぎなほどはっきりしていて、女の人のようにやさしい美しい顔。目も唇も動いていて、生きている人の顔のようでした
- 関内はお茶をすて、茶碗を調べましたが、模様もない安物の茶碗です。べつの茶碗にいれても、また顔。新しいお茶をいれると、こんどはあざけるような笑いをうかべて、顔があらわれました
- でも関内はおどろきません。「何者か知らないが、もうまどわされはしない」とつぶやいて、顔ごと、お茶を飲みほしてしまいました

プレ男飲んじゃった!?強すぎるよ、関内さん!
あらすじ2:「今朝、ひどい害を加えたな」
- その日の夜おそく、関内が屋敷で当番をしていると、音もなく、見知らぬ侍が部屋に入ってきました。りっぱな身なりの若い侍で、関内の正面にすわり、軽く礼をして言います
- 「式部平内でござる。今日はじめてお会いした。……見覚えがないようでござるな」
- それは、関内が茶碗の中で見て、飲みこんでしまった、あの美しい顔でした
- 関内が「見覚えはない。どうやってこの屋敷に入ったのか」と聞くと、男は皮肉な調子で言いました
- 「見覚えがないとは聞こえぬ。今朝、わたしに、ひどい害を加えたではないか……」
- 関内は短刀で男をつきましたが、手ごたえがありません。男は音もなく壁の方へとび、壁をすりぬけて消えました。ろうそくの光が、行燈の紙をすきとおるように
あらすじ3:3人の家来
- 屋敷の侍たちに話しても、その時刻に出入りした者はなく、「式部平内」という名前を聞いたことのある者もいませんでした
- 次の夜、関内が家で両親といると、客が来たと知らされます。玄関には、3人の武装した侍
- 「わたしたちは、式部平内どのの家来、松岡文吾、土橋久蔵、岡村平六。昨夜、主人がおたずねしたとき、あなたは刀で主人を打った。傷が重いので、湯治に行かねばならぬ。しかし来月16日にはもどる。そのときには、このうらみを必ずはらす……」
- 関内は刀をとってとび出し、3人に斬りかかりました。でも3人は、となりの建物の壁へとび、影のようにその上へ——
そして、物語は切れている
- 「ここで古い物語は切れている。話の続きは、ある人の頭の中にあったが、その頭は100年このかた、塵になっている」と八雲は書きます
- 「わたしは、それらしい結末をいくつも想像できる。でも、西洋の読者の想像を満足させるものはひとつもない。たましいを飲みこんだあと、どうなったのか——それは、読者が自分で考えるのにまかせよう」

メル美結末がないから、かえってずっと気になっちゃう。続きは自分で考えて、ってことだね。

小泉八雲の「茶碗の中」は、若党の関内が茶碗にうつった顔ごとお茶を飲みほし、その夜に式部平内と名のる侍があらわれたところで、古い物語が切れている、という話です。
まとめ
- 「茶碗の中」は、小泉八雲『骨董』の一編。八雲は「とちゅうで終わった古い物語」として紹介した
- 若党の関内は、茶碗にうつった美しい侍の顔を、顔ごと飲みほした
- その夜、式部平内と名のる侍があらわれ、「今朝、ひどい害を加えたな」。短刀でついても手ごたえがなく、壁をすりぬけて消えた
- 次の夜には3人の家来が「来月16日に、うらみをはらす」と告げに来る
- そして物語は切れている。続きは読者の想像にまかされた
- 『骨董』の最初の話は幽霊滝の伝説、『怪談』の話はかけひき、乳母桜、小泉八雲については小泉八雲『怪談』もどうぞ
参考文献
- Lafcadio Hearn. Kotto: Being Japanese Curios, with Sundry Cobwebs(New York: The Macmillan Company, 1903). “In a Cup of Tea”. Project Gutenberg. https://www.gutenberg.org/ebooks/55473 (閲覧日:2026年10月7日)
- 小泉八雲(田部隆次訳). 茶碗の中(底本:『小泉八雲全集第八卷 家庭版』第一書房、1937年). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000258/card59429.html (閲覧日:2026年10月7日)
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