
メル美夏の果物の西瓜が、怪談になるんだって。

プレ男西瓜って、丸くて、割ると赤くて…。あ、ちょっと想像しちゃった。
今回は、岡本綺堂の短編「西瓜」(すいか)です。青空文庫の本文(底本:原書房『異妖の怪談集 岡本綺堂伝奇小説集 其ノ二』)で読みました。初出は『文学時代』1932年(昭和7年)2月です。本文中の「」の言葉は、青空文庫の本文からの引用です。
※この作品には、人の生首、人が殴り殺される言い伝え、若い人が病気で亡くなる話が出てきます。
土蔵から出てきた写本
- これは学生のM君の話です。夏休み、M君は静岡在の友人倉沢の家に半月あまり逗留していました。倉沢の家は旧幕府の旗本で、維新のときに祖父が静岡へ移り、帰農して茶づくりで成功した家です
- 雨の3日目のゆう方、倉沢は親類の葬式で出かけることになり、退屈しのぎにと、古い写本7冊を置いていきます。6代前の主人(雅号は杏雨)が、享保から宝暦のころに書きためた、題もない随筆でした
- 古本好きのM君が読みすすめると、「稲城家の怪事」という記事が出てきます
「これは西瓜でござります」
- 享保19年らしい7月初め、暮れ六つ近く。風呂敷づつみをかかえた若い中間が、下谷御徒町の辻番所の前で呼びとめられます。ここの番人は、血気さかんな若侍ばかりでした
- 「おまえの持っているものは何だ。」「これは西瓜でござります。」——ところが、風呂敷をあけると、中から出てきたのは女の生首。27、8から30前後の、色は白いが醜い女の首で、切り口から血はしたたっていません
- 中間は本所の御家人・稲城八太郎の奉公人で、伊平。上総から3か月前に出てきたばかりで、湯島の親類へ七夕に供える西瓜をとどける途中、道に迷ったのでした。湯島へは4度目なのに、なぜ迷ったのか自分でもわからない
- 番人たちが念のためにもう一度風呂敷をあけると——首は元の西瓜にもどっていました。4人の目に生首と見えたものが、たちまち西瓜に変わったのです
西瓜の中から出てきたもの
- 伊平は許され、湯島へは行かずに本所の屋敷へもどります。何も知らない御新造のお米が風呂敷をあけると、西瓜はふたたび女の生首に
- 主人の八太郎が見ると、ただの西瓜。来あわせていた朋輩の池部郷助は笑いません。「念のためにその西瓜をたち割って見てはどうだな」
- 小柄で割ると、西瓜は「真っ紅な口をあいて」、一匹の青い蛙を吐きだしました。中をさぐると、幾すじかの髪の毛。長い髪は、蛙の後足にからみついていました
- 西瓜の出どころは、柳島の近くの旗本・小原数馬の屋敷の畑。八百屋によれば、同じ屋敷の南瓜から、小さい蛇が出たこともあったといいます
- 「何やら悪い噂のある屋敷だそうでござる」——どんな噂なのかは書かれないまま、写本の記事は終わっていました

プレ男蛙の足に、女の人の長い髪の毛がからんでる…。こわい!
「群衆妄覚」
- 葬式から帰った倉沢に話すと、倉沢は笑いとばします。「君は『群衆妄覚』ということを知らないのか」
- 番人の一人が「首ではないか」と思いこみ、「首だ」と言うと、ほかの者も暗示を受けて首に見えてしまった。お米も、話を先に聞いていて、うす暗い縁先でこわごわのぞいたから首に見えたのだろう。蛙や髪の毛は、当時の本所あたりに蛇も蛙もたくさんいたから、偶然が重なっただけ——
- 言いかえせないM君。ところが倉沢は、自分の家にも、西瓜を食わないという言い伝えがあると言いだします
西瓜畑の言い伝え
- 200年ほど昔、ここに住んでいた百姓の又左衛門の家で、畑あらしを見はっていた若い者たちが、西瓜畑に忍びこんだ人を鋤や鍬で殴り殺してしまった。それは、乞食のような身なりの60すぎの老婆でした
- それ以来、西瓜畑に老婆の姿があらわれるという噂が立ち、又左衛門の家の者は、その畑の西瓜を食うと病気になって死んでいった。持ち主が変わっても、ここに住む者は西瓜に祟られる、というのです
- 倉沢の祖父母も両親も西瓜は食べない。けれども倉沢は、東京でM君と一緒に何度も、氷で冷やした西瓜を食べていました。「一種の神経作用か、さもなくば不思議の暗合だよ」
茶畑に立つ、白い服の人
- 京都へ発つ数日前、倉沢はM君に「帰りにまた寄ってくれ」と、8月29日の午前に来るよう何度も念を押します
- 日暮れ、昔の西瓜畑のあと——いまは茶畑——を歩いていると、倉沢が言います。「あ、横田君が来た」。白い服に麦わら帽の、知りあいの新聞記者。でも、M君には誰も見えません
- 「君のいわゆる『群衆妄覚』ならば、僕の眼にも見えそうなものだが」とM君は笑い、倉沢はだまって考えこみました
29日の午前11時
- 29日、静岡の駅に着いたM君を迎えたのは、倉沢の家の雇人と、白い洋服に麦わら帽の横田君でした。「きょうは午後二時から倉沢家の葬式で……」
- M君が京都へ発った翌々日、倉沢は横田君と洋食屋で夕飯を食べ、西瓜に氷をかけて食べた。その夜中から体をこわし、とうとう亡くなった。同じ店で西瓜を食べたほかの人は、みな無事でした
- 倉沢は息をひきとる前に、M君は29日の午前11時ごろにきっと来るから、葬式はその日の午後に、と言い残していたのです
- 群衆妄覚をふりまわした倉沢が、まさか迷信のとりこになって西瓜に祟られたとも思われない。「これもまた単なる偶然であろうか。」

倉沢の病気は、作中では「直腸カタル」と診断され、のちに「赤痢のような症状」になったと語られます。同じ店で西瓜を食べたほかの人はみな無事だった、とも書かれています。
まとめ
- 「西瓜」は岡本綺堂の短編。初出は『文学時代』1932年2月
- 旧家の土蔵の写本にあった「稲城家の怪事」。風呂敷の西瓜が、女の生首に見えては元にもどる
- 割った西瓜から、青い蛙と女の髪の毛
- 友人・倉沢は「群衆妄覚」で説明してみせるが、その家には西瓜に祟られる言い伝えがあった
- 合理的な説明と、説明しきれないものが並ぶ綺堂の怪談なら、白髪鬼、木曽の旅人も。蛙が出てくる戯曲青蛙神もどうぞ
参考文献
- 岡本綺堂. 西瓜(底本:『異妖の怪談集 岡本綺堂伝奇小説集 其ノ二』原書房). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000082/card43575.html (閲覧日:2026年10月22日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。