東京會舘:1922年11月1日に「誰もが利用できる社交場」として開業。1934年に会社のいう日本初の鮮魚介料理店「プルニエ」、1950年ごろに「マロンシャンテリー」、1956年に「ガトー」。2019年に三代目本舘
東京會舘の公式サイト「ヒストリー」によると、東京會舘は1922年(大正11年)11月1日に、「世界に誇る施設ながら、誰もが利用できる人々が集う社交場」をめざして開業しました。1923年の関東大震災で休館し、営業再開まで4年かかりました。1934年には、会社のいう日本初の鮮魚介料理店「プルニエ」が生まれました。戦時中は「大東亜会館」と改称され、1945年からはGHQの接収を受けて1952年まで将校クラブとして使われました。1950年ごろには初代製菓長の勝目清鷹が、モンブランをもとに日本人向けにアレンジした「マロンシャンテリー」を生み出し、1956年には持ち帰り用のクッキー「ガトー」が生まれたと説明しています。1955年に日本初の本格フランス料理スクールを開いたとしています。1971年に谷口吉郎設計の二代目本舘、2019年に三代目本舘を新築し、2022年に100周年を迎えました。

メル美東京會舘の「マロンシャンテリー」って、どんなお菓子なんだろう?

プレ男東京會舘の公式サイトだと、1950年ごろにモンブランをもとに生まれたお菓子なんだって。
今回は、「東京會舘」です。公式サイトの「ヒストリー」(2026年10月12日閲覧)で確認した内容をまとめました。
1922年、「誰もが利用できる社交場」
- 1922年(大正11年)11月1日、「世界に誇る施設ながら、誰もが利用できる人々が集う社交場」をめざして開業しました
- 当時は珍しいルネッサンス様式の建物が話題になったと紹介しています
- 1923年の関東大震災で休館し、営業再開まで4年かかりました
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1922年 | 開業 |
| 1934年 | 会社のいう日本初の鮮魚介料理店「プルニエ」が誕生 |
| 1940年 | 大政翼賛会が使い、「大東亜会館」と改称 |
| 1945〜1952年 | GHQに接収され、「アメリカン・クラブ・オブ・トーキョー」として将校クラブに |
| 1955年 | 会社のいう日本初の本格フランス料理スクール「東京會舘クッキングスクール」を開校 |
| 1971年 | 谷口吉郎設計の二代目本舘を新築 |
| 2019年 | 三代目本舘を新築 |
| 2022年 | 100周年 |

プレ男戦後は、GHQの将校クラブだった時代もあるんだ。
東京會舘の味(公式サイトの紹介)
| 料理・お菓子 | 公式サイトの説明 |
|---|---|
| 舌平目の洋酒蒸 ボンファム | 初代料理長 田中徳三郎がレシピを伝えた看板料理。開業の2週間後の結婚披露宴の献立にも「舌比目魚洋酒蒸」とあった |
| マロンシャンテリー | 初代製菓長 勝目清鷹が1950年ごろ、本場のモンブランをもとに日本人向けにアレンジした、東京會舘発祥のスイーツ。生クリームの山の中に栗が入っている |
| ガトー | 1956年、「フランス料理のデザート菓子を家族のために持ち帰りたい」というお客の声から生まれたクッキー |
| ジンとミルクのカクテル | GHQの接収時代、昼間にお酒を飲む将校のためにバーテンダーが作ったのがきっかけと紹介 |

メル美マロンシャンテリーは、70年以上前からあるお菓子なんだね。
- 芥川賞・直木賞の受賞者の記者会見や授賞式が、長い間ここで行われたと紹介しています

東京會舘の公式サイトによると、1922年11月1日に「誰もが利用できる社交場」として開業しました。マロンシャンテリーは、1950年ごろにモンブランをもとに生まれたと説明しています。
- 銀座の老舗は銀座千疋屋もどうぞ
まとめ
- 1922年11月1日、「誰もが利用できる社交場」として開業
- 1934年、会社のいう日本初の鮮魚介料理店「プルニエ」
- 1950年ごろ「マロンシャンテリー」、1956年「ガトー」
- 2019年に三代目本舘、2022年に100周年
参考文献
- 東京會舘. ヒストリー. https://www.kaikan.co.jp/special/history.html (閲覧日:2026年10月12日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。