資生堂パーラー:1902年、銀座の資生堂薬局の中にソーダ水とアイスクリームの「ソーダファウンテン」。1928年に「資生堂アイスクリームパーラー」として西洋料理のレストランに。創業の地は今の東京銀座資生堂ビル
資生堂パーラーの公式サイト「資生堂パーラーの歴史」によると、1872年に福原有信が東京・銀座に民間の洋風調剤薬局(のちの資生堂)を創業し、1902年に薬局の中に、ソーダ水と当時めずらしかったアイスクリームを製造販売する「ソーダファウンテン」を設けました。会社は日本で初めてのソーダファウンテンと説明しています。福原有信は1900年のパリ万博を見学したあとアメリカ経由で帰国し、アメリカのドラッグストアにならって開設したといいます。創業の地は出雲町1番地、いまの東京銀座資生堂ビル(銀座8-8-3)です。1923年の関東大震災で全壊しましたが2か月後に営業を再開し、1928年に「資生堂アイスクリームパーラー」として本格的な西洋料理のレストランを開業しました。

メル美銀座の資生堂パーラー、いつか行ってみたいんだ。化粧品の資生堂と関係あるの?

プレ男もとは薬局の中のソーダ水売り場だったらしいよ。
今回は、銀座の「資生堂パーラー」です。公式サイトの「資生堂パーラーの歴史」(2026年10月10日閲覧)で確認した内容をまとめました。
薬局の中の「ソーダファウンテン」
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1872年 | 福原有信が東京・銀座に、民間の洋風調剤薬局(のちの資生堂)を創業 |
| 1902年 | 資生堂薬局の中に、ソーダ水と当時めずらしかったアイスクリームを製造販売する「ソーダファウンテン」を設ける |
- 福原有信は、1900年のパリ万博を見学したあとアメリカ経由で帰国し、アメリカのドラッグストアにならってソーダファウンテンを開いたといいます
- 機械からグラス、ストロー、スプーン、シロップまで、アメリカから輸入したものを使ったとしています
- 会社は、これを「日本で初めてのソーダファウンテン」と説明しています
- 創業の地は出雲町1番地、いまの東京銀座資生堂ビル(銀座8-8-3)です

プレ男薬局でソーダ水とアイスクリームを売っていたんだ!
銀座の名物に
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1916年 | 化粧品部を独立させ、旧店(出雲町店)には薬品部と飲料部(資生堂パーラー)を残す |
| 1921年 | 外装を白で統一した「白の殿堂」に改装 |
| 1923年 | 関東大震災で全壊。2か月後にバラック建築で営業を再開 |
| 1928年 | 「資生堂アイスクリームパーラー」として、本格的な西洋料理のレストランを開業 |
- 当時の呼び名には、知名度の高かった「アイスクリーム」を入れていたそうです
- いまも銀座本店のアイスクリーム室で、創業当時の味わいを守って作っていると説明しています

メル美関東大震災から2か月で、お店を再開したんだね。

資生堂パーラーの公式サイトによると、1902年に銀座の資生堂薬局の中にソーダファウンテンを設けたのが始まりで、1928年に資生堂アイスクリームパーラーとして西洋料理のレストランを開業しました。
まとめ
- 資生堂パーラーは1902年、銀座の資生堂薬局の中のソーダファウンテンから
- ソーダ水とアイスクリームを製造販売
- 1928年に「資生堂アイスクリームパーラー」として西洋料理のレストランに
- 創業の地は今の東京銀座資生堂ビル
参考文献
- 資生堂パーラー. 資生堂パーラーの歴史. https://parlour.shiseido.co.jp/history/ (閲覧日:2026年10月10日)
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