チェーン店2026年10月10日

資生堂パーラー:1902年、銀座の資生堂薬局の中にソーダ水とアイスクリームの「ソーダファウンテン」。1928年に「資生堂アイスクリームパーラー」として西洋料理のレストランに。創業の地は今の東京銀座資生堂ビル

資生堂パーラーの公式サイト「資生堂パーラーの歴史」によると、1872年に福原有信が東京・銀座に民間の洋風調剤薬局(のちの資生堂)を創業し、1902年に薬局の中に、ソーダ水と当時めずらしかったアイスクリームを製造販売する「ソーダファウンテン」を設けました。会社は日本で初めてのソーダファウンテンと説明しています。福原有信は1900年のパリ万博を見学したあとアメリカ経由で帰国し、アメリカのドラッグストアにならって開設したといいます。創業の地は出雲町1番地、いまの東京銀座資生堂ビル(銀座8-8-3)です。1923年の関東大震災で全壊しましたが2か月後に営業を再開し、1928年に「資生堂アイスクリームパーラー」として本格的な西洋料理のレストランを開業しました。

メル美銀座の資生堂パーラー、いつか行ってみたいんだ。化粧品の資生堂と関係あるの?

プレ男もとは薬局の中のソーダ水売り場だったらしいよ。

今回は、銀座の「資生堂パーラー」です。公式サイトの「資生堂パーラーの歴史」(2026年10月10日閲覧)で確認した内容をまとめました。

薬局の中の「ソーダファウンテン」

年 できごと
1872年 福原有信が東京・銀座に、民間の洋風調剤薬局(のちの資生堂)を創業
1902年 資生堂薬局の中に、ソーダ水と当時めずらしかったアイスクリームを製造販売する「ソーダファウンテン」を設ける

プレ男薬局でソーダ水とアイスクリームを売っていたんだ!

銀座の名物に

年 できごと
1916年 化粧品部を独立させ、旧店(出雲町店)には薬品部と飲料部(資生堂パーラー)を残す
1921年 外装を白で統一した「白の殿堂」に改装
1923年 関東大震災で全壊。2か月後にバラック建築で営業を再開
1928年 「資生堂アイスクリームパーラー」として、本格的な西洋料理のレストランを開業

メル美関東大震災から2か月で、お店を再開したんだね。

資生堂パーラーの公式サイトによると、1902年に銀座の資生堂薬局の中にソーダファウンテンを設けたのが始まりで、1928年に資生堂アイスクリームパーラーとして西洋料理のレストランを開業しました。

まとめ


参考文献

  1. 資生堂パーラー. 資生堂パーラーの歴史. https://parlour.shiseido.co.jp/history/ (閲覧日:2026年10月10日)

この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。