銀座ライオン(サッポロライオン):1899年8月4日、銀座の新橋際に日本初のビヤホール「恵比壽ビヤホール」。1934年開店の「ビヤホールライオン銀座七丁目店」は現存する最古のビヤホールで、開業以来ほとんど変わらない姿
サッポロライオンの沿革によると、創業日は1899年(明治32年)8月4日で、この日、銀座の新橋際(いまの銀座八丁目)に日本初のビヤホール「恵比壽ビヤホール」が開きました。1日の来客は平均800人に達したといいます。1911年には銀座尾張町角に「カフェー・ライオン」が開店。1934年4月には、菅原栄蔵の設計で建てられた大日本麦酒の本社ビルの1階に「銀座ビヤホール」が開き、いまの「ビヤホールライオン銀座七丁目店」として、現存する最古のビヤホールとなっています。1936年に大日本麦酒から外食部門が独立し、1979年に社名が「サッポロライオン」になりました。

プレ男「銀座ライオン」って、すごく古いお店なんだって?

メル美日本で最初のビヤホールが始まりらしいよ。
今回は、「銀座ライオン」などを運営するサッポロライオンです。サッポロライオンの公式サイトの「沿革」(2026年10月10日閲覧)で確認した内容をまとめました。
1899年、日本初のビヤホール
- サッポロライオンの創業日は1899年(明治32年)8月4日です
- この日、銀座の新橋際(当時の京橋区南金六町五番地、いまの銀座八丁目)に、日本初のビヤホール「恵比壽ビヤホール」が開きました
- 2階建ての煉瓦造りの建物の2階を間借りした店でしたが、当時有名だった画家の壁画を飾るなどとても豪華なつくりで、1日の来客数は平均800人に達したそうです
- 沿革では、「ビヤホール」は和製英語で、「世界で最初にビヤホールを名乗ったのが恵比寿ビヤホールだった」とも捉えられる、という説も紹介されています
- 恵比壽ビヤホールが繁盛したため、翌年には「ミルクホール」など「ホール」のつくお店が次々に現れたと書かれています

プレ男「ビヤホール」って、日本で作られた言葉なんだ!
歩み(沿革より)
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1899年 | 銀座の新橋際に「恵比壽ビヤホール」(創業日 8月4日) |
| 1911年 | 銀座尾張町角に「カフェー・ライオン」(築地精養軒の経営) |
| 1914年 | 「札幌狸小路ビヤホール」 |
| 1934年4月 | 大日本麦酒の本社ビルの1階に「銀座ビヤホール」(いまのビヤホールライオン銀座七丁目店) |
| 1936年 | 大日本麦酒から外食部門が独立し、共栄(株)を設立(サッポロライオンの前身) |
| 1945年9月 | 「銀座ビヤホール」が、進駐軍専用のビヤホールとして営業を再開 |
| 1979年 | 社名を「サッポロライオン」に |
| 1999年 | 創業100周年 |
| 2009年 | サッポロビールと共同開発した「ヱビスバー」1号店(銀座コリドー街) |
現存する最古のビヤホール
- ビヤホールライオン銀座七丁目店は、1934年(昭和9年)に、建築家菅原栄蔵の設計で建てられた大日本麦酒の本社ビルの1階に開いた「銀座ビヤホール」です
- 沿革では「現存する最古のビヤホール」とされ、「開業以来、全く変わらぬ佇まいのまま」いまに至ると書かれています
- 戦争中の空襲でほとんどのビヤホールが焼けたり取り壊されたりしたなか、「銀座ビヤホール」は残り、1945年9月に営業を再開しました

メル美90年以上前のビヤホールが、そのままの姿で残っているんだね。

サッポロライオンの沿革によると、1899年8月4日に銀座で日本初のビヤホールが開きました。1934年開店の銀座七丁目店は、現存する最古のビヤホールです。
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まとめ
- サッポロライオンの創業日は1899年8月4日
- 銀座の新橋際に日本初のビヤホール「恵比壽ビヤホール」
- 1934年開店のビヤホールライオン銀座七丁目店は現存する最古のビヤホール
- 「ビヤホール」は和製英語という説も
参考文献
- サッポロライオン. 会社案内 沿革. https://www.ginzalion.jp/company/history/ (閲覧日:2026年10月10日)
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