
プレ男『雨月物語』の最初の話は、怨霊と歌人が対決する話なんだって!

メル美「白峯」だね。崇徳院と西行の、夜通しの論争なんだよ。
今回は、上田秋成の『雨月物語』巻之一の最初の一編「白峯」(しらみね)です。青空文庫の「現代語訳 雨月物語」(上田秋成著、鵜月洋訳。底本:角川文庫『改訂 雨月物語 現代語訳付き』)で読みました。本文中の「」の言葉は、この現代語訳からの引用です。崇徳院と保元・平治の乱は、物語のなかで語られる内容として紹介します。
白峯の御陵
- 東国や陸奥の名所をめぐった旅の僧(西行)は、仁安3年の秋、西国の名所も見たいと四国へわたり、讃岐に庵をむすびます
- 近くの白峯に、崇徳院の御陵があると聞き、10月のはじめに登りました。松や柏が深く茂り、晴れた日でも小雨が降っているように暗い山の中。土を高く積み、石を三つ重ねた墓が、野ばらや蔓草にうずもれていました
- かつて天子として都で政治をとっていた人が、こんな鹿の足あとしかない山奥で亡くなったのか——西行は涙をとめられず、一首を詠みます
松山の浪のけしきはかはらじをかたなく君はなりまさりけり
「円位、円位」
- 夜どおし経をよむうちに、深山の夜はぶきみになり、骨の髄まで冷えてきます。うとうとしかけたとき、「円位、円位」と呼ぶ声がしました(円位は西行の法名)
- 闇の中に、背が高くやせおとろえた人が立っています。「さっきその方が詠んだ和歌の返歌を申そうと思ってきたのだ」
松山の浪にながれてこし船のやがてむなしくなりにけるかな
- 西行は、それが崇徳院の亡霊だと知り、地にひれふして涙を流し、「ひたすらこの世の妄執をお忘れになって、めでたく成仏の位におつき下さい」といさめます
「近ごろの世上の乱れは、自分のしわざである」
- 崇徳院は声高く笑いました。「その方は知るまいが、近ごろの世上の乱れは、自分のしわざである。……やがて天下に大乱をおこさせようぞ」
- 西行がたずねます。保元の挙兵は、天の道にしたがったものか、それとも私欲からか
- 院は顔色をかえて語ります。何の罪もないのに父の鳥羽院の命で幼い弟に位をゆずり、その弟が若くして亡くなったあとは、わが子の重仁こそ位につくべきだったのに、美福門院のねたみにさまたげられ、弟の雅仁(後白河)に位をうばわれた。父の存命中は不平を顔にも出さなかったが、父が亡くなったのち、兵をあげたのだ——周の武王が暴君を討ったのも天の道ではないか、と

プレ男幽霊と、政治の正しさについて真剣に議論してる!
西行の反論
- 西行はおそれもせず、ひざをのりだして答えます。院のお言葉は道理を借りているが、じつは「醜い人間の欲情・煩悩の域から脱してはおられません」
- そして、応神天皇の皇子たちが帝位をゆずりあった話や、『孟子』を積んだ船は神々が憎んで暴風で沈めるので日本に伝わらない、という話をひいて、兄弟の愛を忘れ、父帝の亡骸のぬくもりもさめないうちに兵をあげたのは「不孝の罪これよりはなはだしいことはございますまい」と言いました
送りかえされた写経
- 崇徳院は深くため息をつき、西行の言うことももっともだ、と認めます。けれど、どうしようもないのだ、と
- 讃岐に流され、日に三度の食事を運ぶ者のほか、だれも仕える者はいない。来世のためにと五部の大乗経を写し、せめて筆跡だけでも都に、と弟の覚性法親王に送った。ところが少納言信西が「院が天下をのろう心で送ったのかもしれない」と申しあげ、経は送りかえされた
- 「しょせんこの写経を魔道に回向し、魔力によってこの恨みを晴らそうと、ひとすじに心をきめ、指を切ってその血で願文を書き、経とともに志戸の海に沈めて」から、魔王となる大願をたて、平治の乱がおこったのだ——と院は語ります
鬼火の中の魔王
- 院は、平治の乱で敵となった者たちの末路を語り、「平氏の運命もまた長くはないだろう」と、声をしだいに大きくおそろしくしていきます
- そのとき、峯も谷もゆれ、風が林を吹きたおすようにはげしく吹き、院のひざの下から鬼火が燃えあがりました。その光の中の院は、朱をそそいだような真っ赤な顔に、ひざまでたれた乱れ髪、白目をつりあげ、手足の爪は獣の爪のように長くのびて、「さながら魔王の姿そのまま」でした
- 院が「相模、相模」と呼ぶと、鳶のような変化の鳥が舞いおります。鳥は、12年たてば平重盛の寿命がつき、そうなれば平氏の運もほろびる、と答えました
- 院は手をうって喜び、「憎い平氏の敵どもは、ことごとくこの前の海でみなごろしにしてやるぞ」とさけびます

メル美うらみがつのって、本当に魔王の姿になってしまったんだね…。
西行の歌
- 西行は涙をおさえかね、院が仏の道につながる心になるよう、もう一首を詠みました
よしや君昔の玉の床とてもかからんのちは何にかはせん
- たとえ昔は玉の御殿に住んでいたとしても、亡くなったいまは、それが何になりましょう——死んでしまえば王侯も庶民も同じなのに、と
- これを聞いた院は、心を動かされたようで、しだいに顔色がやわらぎ、鬼火もうすれて、やがて姿はかき消すように見えなくなりました
13年後
- 物語は、こう結ばれます。それから13年後の治承3年の秋、平重盛が病で亡くなり、清盛は専横をきわめ、やがて平家は都を落ち、壇の浦でほろびた。その一部始終が、崇徳院の言葉に少しもちがわなかった
- そののち、御陵のそばに院の御霊所がつくられ、讃岐へ旅する人は、かならず御幣をささげてつつしんで拝むべき、貴い神である——と

「白峯」の崇徳院は、送りかえされた写経に血で願文を書いて魔王となる大願をたてた、と語ります。西行の「よしや君」の歌を聞いて、院の顔色はやわらぎ、鬼火も消えていきました。
まとめ
- 「白峯」は、上田秋成『雨月物語』巻之一の最初の一編
- 仁安3年、西行は讃岐・白峯の崇徳院の御陵で夜どおし経をよむ
- 「円位、円位」——あらわれた院の亡霊は「近ごろの世の乱れは自分のしわざ」と語る
- 西行と院の論争。院は、都に送りかえされた写経に血で願文を書き、魔王となったと明かす
- 鬼火の中の魔王の姿、変化の鳥「相模」、平家の滅亡の予言
- 西行の「よしや君」の歌に、院の姿は消える。13年後、予言はそのとおりに
- 怨霊の伝説は将門塚、同じ『雨月物語』の菊花の約もどうぞ
参考文献
- 上田秋成(鵜月洋訳). 現代語訳 雨月物語(底本:角川文庫『改訂 雨月物語 現代語訳付き』KADOKAWA). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/001271/card60609.html (閲覧日:2026年10月12日)
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