※この作品には、殺人と、登場人物が自ら命を絶つ場面が出てきます。

メル美雪の夜の路ばたに、おばあさんがひとりで坐っていたら…どうする?

プレ男声をかけるかな…。でも、それが「鬼婆横町」だったら、ちょっとこわいね。
今回は、岡本綺堂の怪談「妖婆」(ようば)です。青空文庫の本文で読みました。初出は1928年(昭和3年)4月の「文藝倶樂部」です。本文中の「」の言葉は、青空文庫の本文からの引用です。
嘉永4年、雪の番町
- 物語は、江戸時代の嘉永4年の正月に始まります。舞台は、旗本屋敷の多かった番町
- この年の正月は、14日から17日まで、4日間も雪がつづきました。その2日目、15日の夜、旗本・高原織衛の屋敷で歌留多の会がひらかれ、二十人あまりの若侍が集まってきます
「鬼婆横町」の老婆
- 8番目に来た堀口弥三郎は、先に来ていた神南佐太郎にたずねます。「貴公は鬼ばばで何か見なかったか」
- 「鬼婆横町」の大溝のふちに、頭から一面に雪をかぶって、からだじゅう真っ白になった老婆が坐っていた。最初は雪達磨かと思ったが、近づくと、たしかに生きた人間で、かすかに息をついていた
- 対応は、それぞれちがいました
| 若侍 | 老婆に対して |
|---|---|
| 神南佐太郎 | だまって素通りした |
| 堀口弥三郎 | 立ちどまって声をかけると、すがたが消えるように見えなくなった |
| 森積嘉兵衛 | 「可哀そうだったから」と小銭を投げて通った |

プレ男同じおばあさんに、3人とも別々のことをしてるんだ。
鬼婆の伝説
- 「鬼婆横町」の名には、こんないわれがありました。いつのころか、麹町通りの酒屋へ、毎夕ひとりの老婆が一合の酒を買いにくる。暮れ六つの鐘を合図に、雨の日も風の日も欠かさずに
- 住まいを決して明かさないので、店の者があとをつけると、老婆はこの横町へ入ったとたん、すがたが消えた。それからは、二度と酒屋に来なくなった
- そのため、ただの人間ではないといううわさが立ち、横町に「鬼婆」の名がかぶせられた、と物語は語ります
雪の中で斬りつける
- まだ来ていない石川房之丞を、みなが気にしていると、用人がかけこんできます。「石川さんが御門前に坐っているそうでございます」
- 門番が見ると、ひとりの侍が傘を投げすてて刀をぬき、そこらをむやみに斬りはらっていたが、やがて刀を持ったまま雪のなかに坐りこんでしまったのでした
- 石川は語ります。横町に真っ白な婆が坐っていた。近づくと、いつのまにか先へ移っている。屋敷の門前まで来ると、そこにもいた。右を斬れば左に、左を斬れば前に、前を斬ればうしろに——「白い影のような奴がふわりふわりと動いている」
- けれど、門番の目には、何も見えなかったといいます
「さっきの一言おぼえているか」
- 歌留多の会はお流れになりました。石川は、風邪をひいたようでぞくぞくするから先に帰る、と言います。堀口は笑って言いました。「ひとりで帰ると、又鬼婆にいじめられるぞ」
- 夜ふけ、堀口・神南・森積の3人が連れだって鬼婆横町を通ると、溝のふちに、また真っ白な物が坐っていました
- 白い物は神南の傘の下をくぐって、堀口に飛びかかります。「さっきの一言おぼえているか」——その声は、石川でした。堀口は肩先を斬られ、石川は大溝に飛びこんで、すがたを消しました
- 堀口は、傷が重く、翌朝には亡くなりました。苦しい息のなかで、「白い婆が枕もとに来ている」と何度もくりかえした、といいます

メル美からかいのひと言で、幼なじみを…?それだけの理由とは思えないね。
雪に埋もれていたもの
- 翌16日の夕方、堀口の通夜へ向かう高原織衛は、石川の父・房八郎と弟子の矢上に出会います。弓術の師範である房八郎は、見つけしだい、息子に腹を切らせる覚悟で、朝からさがしまわっていたのでした
- 鬼婆横町の大溝のふちには、また白い物が坐っていました。師匠と弟子が左右からとりおさえると、それは前にぐたりと倒れ、雪の衣がくずれおちます
- それは石川房之丞でした。あの妖婆が坐っていたらしいところをえらんで、同じように坐り、同じように雪に埋められて、真っ白になって、自ら命を絶っていたのです
4人のその後
- 物語は、こう結ばれます。妖婆を見た4人の若侍のうち、
| 若侍 | 老婆に対して | その後 |
|---|---|---|
| 堀口弥三郎 | 声をかけた(そして石川をからかった) | 石川に殺された |
| 石川房之丞 | 刀で斬りつけた | 自ら命を絶った |
| 神南佐太郎 | 素通りした | 無事だった |
| 森積嘉兵衛 | 銭を投げてやった | 翌年の正月、ばってきされて破格の立身をした |
- 雪の中の妖婆が何の怪物だったのか、なぜそのときにかぎってすがたをあらわしたのか、わかるはずもなかった。その後、この横町でふたたび鬼婆を見たという者はいなかった、と物語は終わります

岡本綺堂の「妖婆」で、妖婆を見た4人のうち、素通りした神南は無事で、銭を投げてやった森積は翌年に破格の立身をしました。妖婆の正体は、最後まで明かされません。
まとめ
- 「妖婆」は岡本綺堂の怪談。初出は1928年4月の「文藝倶樂部」
- 嘉永4年の正月、雪の番町。「鬼婆横町」の大溝のふちに、真っ白な老婆
- 素通り、声かけ、銭、刀——4人の若侍の対応はそれぞれ
- からかわれた石川は堀口を斬り、妖婆と同じ場所で、雪に埋もれて死んでいた
- 銭を投げた森積は、翌年に破格の立身
- 岡本綺堂の木曽の旅人、影、雪の怪異の雪女もどうぞ
参考文献
- 岡本綺堂. 妖婆. 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000082/card43578.html (閲覧日:2026年10月12日)
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