
プレ男明治時代に、姿の見えない声がしゃべる家があったんだって!質問すると答えてくれるらしい。

メル美それを、わざわざ東京から調べに行った学者さんがいたんだよね。どうやって調べたのか知りたい。
こんにちは、Dr. Taro です。 日本の妖怪、今回は姿の見えない「口笛の怪声」です。妖怪を研究した哲学者・井上円了が、明治27年(1894年)に哲学館で話した調査の報告「甲州郡内妖怪事件取り調べ報告」を、青空文庫の本文で読んでいきます。報告は東京朝日新聞に、明治27年5月8日・9日・11日・12日の4回にわたってのりました。
この記事では、報告に出てくる一般の家の人たちの名前は書きません。
プロフィール(井上円了の報告より)
| 名前 | 名前はない。「口笛のごとき怪声」 |
| あらわれた場所 | 山梨県北都留郡(いわゆる「郡内」)の山あいの村の、ある家 |
| 時期 | 報告の前年の11月中旬から(明治26年) |
| 姿 | 「形もなく影もなく」、目にも見えず、手でもさわれない |
| できること(とされたこと) | 人と問答する、年齢を言い当てる、よその家の出来事を告げる、心の中を言い当てる、吉凶を予言する、病気の薬を教える、機の糸を断ち切る |
村じゅうの評判になった「声」
- その声は、人の口笛のような響きで、よく五十音を言い分け、人と問答をしました。はじめは夜だけでしたが、やがて昼も夜も聞こえるようになります
- うわさは近くの村に広がり、聞きに来る人で、一時は門の内も外も人で埋まるほどでした。群衆の誰かが問いかけると、声ははっきり答え、隣の家まで聞こえるほどだったといいます
- ところが、声がどこから出ているのかは、誰にもわかりません。家の中のようでも外のようでもあり、上からも下からも、右からも左からも聞こえる。人によって聞こえる位置がちがったのです
- しかも、家の中にかけておいた機の糸が、いつのまにか見事に断ち切られる。機を織っている最中に糸が切れる。糸枠に巻いた糸が、歯でかみ切ったように乱れている——こうしたことが何度も起き、家の人はとても困っていました

メル美声だけならまだしも、機の糸を切られるのは、家の仕事にひびくから本当に困るね。
「狐が憑いた」か、「わざと」か
- 村の人たちの考えは、大きく2つに分かれていました
- 憑付説(ひょうふせつ):その家で育てられている18、9歳の養女に、狐や狸、蛇などが憑いて、怪事をさせている。祈祷を仕事にする人たちも「狐憑き・狸憑き・蛇憑きのたぐい」と言った
- 故意説:養女がわざとやっている、と考える人も2、3人いた
- けれど、どちらにも決め手がありません。憑いているなら、本人の言葉や動作にどこか異常があるはずなのに、ふつうの人と変わらない。わざとだとしても、なぜ予言や心の言い当てができるのか。調べれば調べるほど「妖はますます妖となり、怪はますます怪となり」と、円了は書いています
円了、現地へ
- 村には、円了の哲学館の館外員で、妖怪の研究に関心のある人がいました。その人から「ぜひ鑑定を」と頼まれ、円了は現地へ向かいます
- 朝早く東京を発ち、その夕方に上野原村で一泊。翌朝、案内を受けて、上野原から一里半余りの村へ入りました
- 家の主人の話でわかったのは、声は必ず養女の身のまわりで聞こえ、彼女がいないところでは決して聞こえないこと。のちには、彼女が行く先々の家でも聞こえるようになっていました
- 養女は11歳のときからこの家で育てられ、7年。近ごろは、甲府街道ぞいの駒橋という村に移り住んだ実の母のもとへ帰りたいと、しきりに望んでいましたが、養家は承知していませんでした
円了の「試験」
- 円了はまず、本人に会って、いろいろな質問をしました。話の順序やつながりに異常はない。目に関するいくつかの試験でも、幻覚の徴候は見られない。10分ほど催眠術も試みましたが、かかりませんでした
- このことから円了は、「狐狸の類が憑付せりとの説は、全く無根の妄想」だと判断します
- ただし、肝心の怪声は、3、4時間の滞在中、一度も聞くことができませんでした。円了は午後に別の村で講演の約束があり、28日には哲学館の遠足会もあったため、もう一度聞きに行くことはできずに東京へ帰りました

プレ男わざわざ行ったのに、声を聞けなかったんだ…。
円了の「鑑定」:7つの理由
円了は、聞き取った話をもとに、これは「偽怪」——人がつくった妖怪——だろうと考え、理由をあげていきます。
- 声の出どころがわからないのは、ふしぎではない:近所の子どもたちが口笛でまねをすると、上手な子は本物と区別がつかないほどだった。西洋には、口や舌を動かさずに声を出す「腹話術(ベントリロキズム)」がある。人は声の位置を耳だけでなく、話す人の口が動くのを目で見て知る。口が動かなければ、位置はわかりにくい
- 予言や言い当ては、村の中のことばかり:ふだん付き合いのある人の年齢なら知っていて当然。歯痛の薬に「雷で裂けた木のかけら」と答えたのも、そのあたりで広く伝わる民間療法だった。ある草の名を聞かれて答えられなかったこともある
- 機の糸が切れたのは、いつも彼女がいたとき:糸が切れたことも、彼女が「いま機にこんなことが」と告げて、はじめて家の人が知った
- 声は少しずつ「上達」した:はじめは声がするだけ。やがて、問う人があらかじめ決めた方法で、当たっているときだけ一声で答えるようになり(年齢は声の数で答えた)、明治27年の2月ごろからようやく五十音を言い分けて話せるようになった。狐狸なら、なぜ最初から話さないのか
- 声の言葉は、その土地の同じ年ごろの仲間どうしの言葉と同じ:声は彼女の知らないことは知らず、声の話でわからないところは彼女に聞くと説明してくれた
- 声と彼女の話は、同時には出ない:必ず前後する
- 実家にいる間は、声はしなかった:そして声は「機を織らせるなら糸を切る」と告げ、そのとおりになった。機織りができないなら、養家も「本人の望みにまかせるほうがよい」と考えるようになっていた
円了自身が書いた「ただし書き」
- 円了は、養女が実家に帰りたい一心で、わざとこうした怪事を起こしたと考えれば説明がつく、と結論します。そして「憑いた狐」がいるとすれば、それは野の狐ではなく「わがまま狐」だろう、と冗談めかして書きました
- けれど最後に、こう書き添えています。これは半日の観察と、2人の話をもとに推測したもので、まだ十分に事実を探ったとは言えない。わざとだとするなら、本人がそう言わないかぎり、本当のところはわからない。広く世に示すのは、識者の判断を求めたいからだ
- 実際、円了は怪声を一度も自分の耳で聞いていません。この報告は「謎を解いた」記録というより、「狐が憑いた」とすぐ決めつけず、本人を調べ、話を集め、理由を並べて考えた記録として読むのがよさそうです

井上円了は、本人の言葉や視覚に異常がないことを確かめて「狐が憑いた」という説をしりぞけました。ただし、怪声は自分では聞けておらず、結論は半日の観察と聞き取りからの推測で、本人が明言しなければ本当のところはわからない、と自ら書いています。

メル美「わからないことは、わからない」ってちゃんと書いてるのがいいね。それに、実家に帰りたかった女の子の気持ちを思うと、ちょっとせつない。
まとめ
- 明治26年11月中旬から、山梨県北都留郡のある家で、姿のない「口笛のような声」が人と問答し、年齢を言い当て、機の糸を断ち切る怪事が評判に
- 村では「狐狸や蛇が憑いた」説と「わざと」説に分かれた
- 井上円了が現地へ。本人に言葉・視覚の異常はなく、「憑いた」説は無根と判断。ただし怪声は聞けなかった
- 腹話術、村の中だけの予言、声の「上達」、実家では声がしない——などから「人がつくった妖怪」と推測
- 円了自身「半日の観察からの推測」「本人が明言しないかぎり本当のことはわからない」と書いている
- 円了が建てた中野の哲学堂公園、円了が「ふしぎな火」を調べた不知火、江戸の家で1か月続いた怪異稲生物怪録もどうぞ
参考文献
- 井上円了. 甲州郡内妖怪事件取り調べ報告(底本:井上円了 妖怪学全集 第6巻、柏書房、2001年。初出:東京朝日新聞 第2834、2835、2837、2838号、1894年5月8、9、11、12日). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/001021/card49268.html (閲覧日:2026年10月22日)
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