吉野家の歴史:1899年に東京・日本橋の魚河岸で創業。1980年の会社更生法の申請、2004年の牛丼販売休止を乗り越え、国内1,287店・海外1,079店(2026年8月)に
吉野家の公式サイト「吉野家の歴史」によると、吉野家は1899年(明治32年)、大阪から上京した松田栄吉が東京・日本橋の魚河岸で始めた牛丼屋です。関東大震災で築地へ移り、1968年に2号店の新橋店を開いてチェーン化へ。1975年に米国デンバーで海外1号店、1980年に会社更生法を申請、1991年に「特盛」を発売、1998年に47都道府県に出店しました。2004年には米国のBSE問題で牛丼の販売を休止し、2008年に24時間販売を再開。吉野家ホールディングスによると、2026年8月の店舗数は国内吉野家1,287店、海外吉野家1,079店です。

プレ男吉野家って、いつからあるんだろう。けっこう昔からだよね?

メル美「つゆだく」って言葉も、吉野家から生まれたらしいよ。
今回は、吉野家の歴史です。吉野家の公式サイト「吉野家の歴史」と、吉野家ホールディングスの「グループ店舗数一覧」(2026年10月7日閲覧)で確認した内容をまとめました。
はじまりは日本橋の魚河岸(1899年〜)
- 1899年(明治32年)、大阪から東京・日本橋へ上京した松田栄吉が、当時流行っていた「牛めし」をもとに、魚河岸で働く人の好みにあわせた牛丼を考え、「吉野家」の屋号で牛丼屋を始めました
- 当時の牛丼には、バラ肉・玉ねぎのほか、たけのこ・糸こんにゃく・焼き豆腐なども入っていたそうです
- 1923年の関東大震災で店を失い、魚市場の移転にあわせて1926年に築地へ移りました。1945年の東京大空襲でも店を失いましたが、戦後すぐに屋台で再開しています
- 築地の常連は魚河岸で働く「食のプロ」で、自分好みの牛丼を食べるために「つゆだく」「つゆぬき」などの注文を生み出した、と公式サイトに書かれています
- 1959年ごろから、具を牛肉と玉ねぎだけにしたシンプルな牛丼を出すようになりました

プレ男120年以上前からあるんだ!「つゆだく」は築地のお客さんが生んだ言葉なんだね。
チェーン化と海外へ(1968年〜)
- 1968年に2号店の新橋店、1969年に3号店の神田店を開き、チェーン化を目指して「早い、うまい、安い」をかかげました
- 盛り付けの技術をだれでも身につけられるよう、ご飯にたれをまんべんなくかけられる47個の穴が開いたおたまを開発しています
- 1975年、米国コロラド州デンバーに海外1号店。牛丼は「Beef Bowl」として売られました
倒産から再生へ(1980年〜)
- 急速な出店で牛肉の調達が追いつかず、資金繰りも悪化して、1980年7月に会社更生法を申請しました
- 再建では、本来の味を取り戻すために、不採算店を閉め、開発中だったフリーズドライの肉などの使用をやめています
- 1991年、牛肉の輸入自由化とともに出店が加速し、同年10月に「特盛」を全店で発売しました
- 米不足の影響を受けた時期を経て、キャッチフレーズを「うまい、はやい、やすい」に変えました
- 1990年代に朝の「特朝定食」や、24時間売る定食「牛鮭定食」を発売。1998年に高知県へ出店し、47都道府県すべてに店を持ちました
BSEと牛丼の販売休止(2003年〜)
- 2003年12月、米国でBSE(牛海綿状脳症)に感染した疑いのある牛が見つかり、米国産牛肉が調達できなくなりました
- 2004年2月11日に牛丼の販売を終え、豚丼などを売りました。2005年2月11日に1日限定で復活し、2006年9月には「牛丼復活祭」を開いています
- 2008年3月に牛丼の24時間販売を再開しました
- 2018年、築地市場の閉場とともに築地一号店が閉店し、そののれんなどを引き継いだ豊洲市場店が開店しました
- 2019年、28年ぶりの新サイズ「超特盛」と「小盛」を加えました

メル美牛丼を売れなかった時期もあったんだね。
店舗数(2026年8月)
吉野家ホールディングスの「グループ店舗数一覧」によると:
| 区分 | 店舗数 |
|---|---|
| 国内の吉野家 | 1,287店 |
| 海外の吉野家 | 1,079店(アメリカ100店、台湾31店、中国各地など) |
- 吉野家ホールディングスの中期経営計画(2025〜2029年度)では、国内の吉野家を1,500店にする目標と、海外でのフランチャイズ(FC)展開の拡大がかかげられています
看板メニュー
- 創業から続く牛丼。公式サイトは、創業から毎年のように牛丼の改良を重ねていると書いています
- 1990年代から続く特朝定食・牛鮭定食などの定食
- 店舗以外では、1993年発売の冷凍牛丼の具、2008年に運行を始めた牛丼弁当の移動販売車「オレンジドリーム号」もあります

吉野家の公式サイトによると、吉野家は1899年に日本橋の魚河岸で生まれ、1980年の会社更生法の申請や、2004年からの牛丼の販売休止を乗り越えてきました。
まとめ
- 吉野家は1899年、東京・日本橋の魚河岸で創業。のちに築地へ
- 1968年の新橋店からチェーン化、1975年に米国デンバーで海外1号店
- 1980年に会社更生法を申請、2004年にはBSE問題で牛丼の販売を休止
- 2026年8月の店舗数は、国内1,287店・海外1,079店
参考文献
- 吉野家. 吉野家の歴史(創業期 1899年〜). https://www.yoshinoya.com/history/history-01 (閲覧日:2026年10月7日)
- 吉野家. 吉野家の歴史(多店舗展開時期 1968年〜). https://www.yoshinoya.com/history/history-02 (閲覧日:2026年10月7日)
- 吉野家. 吉野家の歴史(倒産から再生へ 1980年〜). https://www.yoshinoya.com/history/history-03 (閲覧日:2026年10月7日)
- 吉野家. 吉野家の歴史(2003年〜). https://www.yoshinoya.com/history/history-04 (閲覧日:2026年10月7日)
- 吉野家ホールディングス. グループ店舗数一覧. https://www.yoshinoya-holdings.com/ir/report/number_of_groupstores/ (閲覧日:2026年10月7日)
- 吉野家ホールディングス. 2025〜2029年度 中期経営計画. https://www.yoshinoya-holdings.com/file/ir/management/2025-2029_medium_term_management_plan.pdf (閲覧日:2026年10月7日)
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