
メル美「観画談」って、絵を観る話?

プレ男絵の中の人に呼ばれるんだって…。それ、ついて行っちゃだめなやつじゃない?
今回は、幸田露伴の「観画談(かんがだん)」です。青空文庫の本文(底本:岩波文庫『幻談・観画談 他三篇』、底本の親本:『露伴全集』第四巻)で読みました。本文の末尾には「大正十四年七月」とあります。語り手が「或人から」聞いた話で、人の名や土地の名は「林間の焚火の煙のように」忘れてしまった、と始まります。
どんな話?
| 題名 | 観画談 |
| 作者 | 幸田露伴 |
| 本文末の日付 | 大正十四年七月 |
| 主人公 | 同級生から「大噐晩成先生」とあだ名された、年長の苦学生 |
| 舞台 | 奥州の山奥、「南部領」とかいう僻村の、由緒はあるが今は貧乏な寺 |
大噐晩成先生
- 主人公は、とても貧しい家に生まれ、小学校の先生の手伝いや村役場の仕事をしながら勉強を続け、やっと上京して大学に入った男です。同級生より五つも六つも年上で、若い学生たちからは「大噐晩成先生」とあだ名されていました
- ところが、ようやく前途が開けてきたころ、原因のわからない病気にかかります。医者の診断もはっきりせず、しばらく学業を休んで保養するようにすすめられました
- お金に余裕がないので、物価の安い土地を渡りあるくうち、旅先で知りあった遊歴の人から、ある寺を教えられます。境内の小さな滝の水は「無類の霊泉」で、医者にわからない病気がなおる、という言い伝えがある、と
雨の山寺
- 渓流ぞいの危ない道をのぼっていくと、雨が降りだし、本降りに。農家の婆さんに道を聞き、人の気配のない七、八軒の家を過ぎると、草の生えた古い山門が見えました
- 境内には、焼けたのか本堂がなく、礎石だけが並んでいます。庫裡で「頼む」と何度呼んでも、答えはありません。やがて十八、九の若い僧・蔵海(ぞうかい)が出てきて、日に焼けた丈夫そうな和尚に会わせてくれました
- 和尚は、旅人を教えた人の名を聞くとうちとけ、「いつまででもおいでなさい」。ただ、食事のあと、ザアッという大雨の音が聞こえるたびに、和尚と蔵海は暗い顔をして目を見あわせるのでした
「ザアッ」という世界
- 部屋に引きとっても、なかなか眠れません。雨は「太古から尽未来際まで」流れる大河のように降りつづけ、自分の短い一生が、その常住の雨のなかにちょっと挟まれているだけのように思えてきます
- 世界はただ「ザアッ」というものにすぎない。産声も、本を読む声も、牛や馬や車や船の音も、針の落ちる音も、みなそのザアッのなかに入っている——そう思ううちに、眠りに落ちました

プレ男雨の音を聞いてるうちに、自分が自分じゃなくなっていく感じ、ちょっとわかるかも。
夜中の避難
- 起こされると、枕もとに和尚と蔵海。夜前からの雨で谷川があふれ、境内にまで水が来ているといいます。上流の森を十余年前にすっかり伐ったため、ひと雨で谷川が怒るようになり、仏殿も最初の洪水で流れてきた大木にこわされた、と蔵海は説明します
- 滝の落ちる小山の上の、隠居所の草庵なら安全だから、そこへ移ってほしい。蓑と笠をつけ、すねまで水につかりながら外へ。提灯の火は雨で「チュッ」と消え、主人公は泣きたくなります
- 真っ暗やみのなか、たよりは一本の蝙蝠傘。こちらの端は自分が握っているけれど、向こうの端を握っているのが本当に親切な人なのか、狐狸なのか、妖怪なのか、わからない——それでも傘にすがって山道をのぼりました
耳の聞こえない老僧
- 草庵の中では、七十くらいの痩せた老僧が、暗やみのなかで身じろぎもせずに座っていました。蔵海は何も言わず、指をすばやく動かして、老僧に事情を伝えます。「このかたは耳が全く聞えません」
- 蔵海が去ったあと、老僧は奥の部屋で休むよう、やさしく言ってくれました。そのとき、自分の苗字で呼ばれたのが気になります。だれも名のっていないのに——でも、蔵海が指で伝えたのだろう、と考えて片づけました
- 時計を見ると三時すぎ。秒針の「チ、チ、チ」という音が聞こえる。驚くことは何もないのに、彼はまた驚きます。すると外の雨の音がザアッと続き、時計の音は消えてしまいました
額と、壁いっぱいの絵
- 煤けた額には「橋流水不流(橋流れて水流れず)」。昼間渡った心細い橋が目にうかび、考えこんでいると、だれかが耳もとで大声で「橋流れて水流れず」と怒鳴ったような気がして、ガーンとなります
- 壁には、七、八尺もある古い大きな絵の横物。洋燈を手に持って近づき、光を少しずつ動かしながら見ていきます。大きな川にのぞむ、にぎやかな都。遠くの山、塔、酒楼、画舫、騎馬の人、魚をさげた漁師——蟻ほどの人びとが行きかっています
- 左のはしの蘆のあいだに、一艘の小舟。艫に立った老いた船頭が、片手をあげて「乗らないか、乗らないか」と人を呼んでいます。顔がよく見えないので、燈火をだんだん近づけていくと——
- 船頭の顔がはっきりしてきました。無邪気な顔で、「オーイッ」と大きな口をあけて呼ぶ。主人公はにっこりして、「今行くよーッ」と思わず返事をしようとしました。その瞬間、すきま風に燈火がゆらぎ、船も船頭も、ふっと遠ざかっていきました

主人公は、絵の中の船頭に「今行くよーッ」と返事をしかけたところで、すきま風に燈火がゆらぎ、船も船頭も遠ざかります。作品はそのあと、病気はすべてなおった、とだけ書いています。
その後
- 大噐晩成先生は、この話を親しい友人に話しました。病気はすべてなおった。けれど、ふたたび大学に姿を見せることはありませんでした
- ある人は、彼が日に焼けきったただの農夫になっているのを見た、といいます。「大噐不成なのか、大噐既成なのか、そんな事は先生の問題ではなくなったのであろう」——物語はそう結ばれます
読みどころ
- こわさより「ふしぎ」:幽霊も化け物も出てきません。絵の中の船頭は、こわい顔ではなく無邪気な顔で呼んでいます。それなのに、返事をしていたらどうなったのか、と読者は考えてしまいます
- 音の描きかた:何度も呼んでも返事のない「頼む」、雨の「ザアッ」、時計の「チ、チ、チ」が消える瞬間、耳の聞こえない老僧。音と静けさが、この世とちがう世界に入っていく感じをつくっています
- 結末の問い:努力を重ねて大学に入った人が、最後は学問をやめて農夫になる。それは失敗なのか、そうではないのか。露伴は答えを書かず、「先生の問題ではなくなった」とだけ言います
- 絵や夢の中の世界に入りこむ話としては、『雨月物語』の夢応の鯉魚も。山奥で旅の僧がふしぎな一夜を過ごす話なら、泉鏡花の高野聖もあります
まとめ
- 「観画談」は幸田露伴の作品。本文の末尾に「大正十四年七月」
- 原因不明の病に苦しむ年長の苦学生「大噐晩成先生」が、霊泉の言い伝えのある奥州の山寺へ
- 大雨で谷川があふれ、闇の山道を蝙蝠傘一本にすがって草庵へ。そこには耳の聞こえない老僧
- 壁の古い絵の中の小舟の船頭が「オーイッ」と呼び、思わず返事をしかけた瞬間、燈火がゆらいで絵は遠ざかる
- 病気はなおったが、彼は大学にもどらず、農夫になったという
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参考文献
- 幸田露伴. 観画談(底本:『幻談・観画談 他三篇』岩波文庫、岩波書店、1990年。底本の親本:『露伴全集』第四巻、岩波書店、1953年). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000051/card1436.html (閲覧日:2026年10月22日)
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