
プレ男都に鬼が来た!?それ、大事件じゃない?

メル美みんな見に行ったのに、だれも見ていないんだって。いまのSNSのうわさみたい。
日本の妖怪、今回は鬼(おに)です。といっても、姿を見せる鬼ではありません。兼好法師の『徒然草』第50段に書かれた、京都の人びとが追いかけた「鬼のうわさ」です。青空文庫で読める佐藤春夫の現代語訳(初出は1937年)で、段の流れを順に見ていきます。
プロフィール(『徒然草』第50段より)
| 名前 | 鬼 |
| いつ | 応長(1311〜12年)のころ |
| うわさの中身 | 伊勢の国から、女が鬼になったのを引き連れて都へ来た |
| うわさの期間 | およそ20日ばかり |
| たしかに見た人 | いない |
「鬼見物」に走る都の人びと
- 応長のころ、「伊勢の国から、女が鬼になったのを引き連れて都へ来た」という話がありました
- それから20日ばかりというもの、毎日、京や白川あたりの人びとが、鬼見物だと言ってあちこちあてもなく出歩きます
- 「昨日は西園寺に参ったそうだ」「今日は院(上皇の御所)の御門へ参るだろう」「今しがたはどこそこにいた」——人びとはそう話しあいました
- けれど、確実に見たという人もいなかった。かといって、根も葉もない嘘だと言う人もいない。身分の高い人も低い人も、みな鬼のことばかりうわさして暮らした、と兼好は書いています

メル美「見た人はいないけど、嘘だと言う人もいない」って、うわさが広がるときの空気そのものだね。
兼好も、その騒ぎの中に
- そのころ、兼好が東山から安居院のほうへ行くと、四条から北のほうの人がみな、北をさして走っていきます。「一条室町に鬼がいる」と騒ぎたてていました
- 今出川のあたりから見わたすと、院の桟敷のあたりは、とても通れそうにない人だかりです
- 兼好も「まったく根拠のないことでもないようだ」と思って、人を見にやりました。けれど、鬼に会ってきたという者はだれもいない様子でした
- 夜になるまでこんなふうに騒ぎ、はてはけんかが始まって、けが人まで出る、いやなことになりました
「疫病の前兆だった」
- そのころ、あたり一帯に、二、三日ずつ人が病気になることがありました
- それを見て、「鬼の取りざたは、この疫病の流行の前兆だったのだ」と言う人もあった——段はそう結ばれます

プレ男鬼はいなかったのに、あとから「やっぱり何かの前ぶれだった」って意味をつけちゃうんだ。
もうひとつの段:「鬼神も道理のないことはしない」(第207段)
- 『徒然草』の第207段にも、「鬼神」という言葉が出てきます。亀山殿(後嵯峨上皇が嵯峨に作った御所)を建てるために地ならしをしたところ、大きな蛇が無数に寄り集まっている塚がありました
- 「この土地の神だ」という報告に、どうしたものかとの問いがあり、人びとは「昔からこの土地にいたものだから、むやみに掘り捨ててはならない」と言いました
- けれど、太政大臣の徳大寺実基だけは、「王が治める土地にいる虫どもが、御所を建てるのに何のたたりをするものか。鬼神も道理のないことはしないから、たたりはないはずだ。みな掘り捨ててしまえばよい」と言います
- そこで塚をこわし、蛇は大井川へ流しました。はたして、いっこうにたたりはなかった、と兼好は書いています

『徒然草』第50段で、都の人びとは20日ばかり鬼見物に出歩きましたが、たしかに鬼を見たという人はいませんでした。騒ぎのはてにけんかでけが人が出て、あとから「疫病の前兆だった」と言う人もあらわれます。
この段の読みどころ
- 姿を見せない妖怪:第50段の鬼は、最初から最後までうわさの中にしかいません。それでも都じゅうを走らせ、けが人まで出してしまう。こわいのは鬼そのものより、うわさの力です
- 兼好自身の体験として:兼好は外から笑っているのではなく、自分も「根拠のないことでもないようだ」と人を見にやっています。うわさに引きこまれる側の気持ちも、正直に書いているのです
- あとからつく意味:鬼は見つからないまま、疫病がはやると「その前兆だった」とされる。出来事にあとから意味がつけられていく様子が、短い段の最後に書かれています
- 同じ『徒然草』で、うわさを信じた法師が夜道で「猫又」におびえる話は猫又の記事に。明治の鉄道とともに広がった「うわさの妖怪」なら偽汽車もどうぞ
まとめ
- 『徒然草』第50段:応長(1311〜12年)のころ、「伊勢の国から鬼になった女を連れて都へ来た」といううわさ
- 20日ばかり、京・白川の人びとが鬼見物に出歩く。西園寺、院の御門、一条室町——でも、たしかに見た人はいない
- 兼好も人を見にやったが、だれも鬼に会っていない。騒ぎのはてにけんかでけが人
- 疫病がはやると、「鬼のうわさはその前兆だった」と言う人もいた
- 第207段では、徳大寺実基が「鬼神も道理のないことはしない」と蛇の塚をこわさせ、たたりはなかった
- 鬼になった乳母の伝説は安達ヶ原の鬼婆で
参考文献
- 兼好法師(佐藤春夫訳). 現代語訳 徒然草 第五十段・第二百七段(底本:現代語訳 徒然草、河出文庫、河出書房新社、2004年。初出:現代語譯國文學全集 第十九卷 徒然草・方丈記、非凡閣、1937年). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/002238/card61411.html (閲覧日:2026年10月22日)
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