※この作品には、人を斬る場面、自ら命を絶つ場面、切腹の場面が出てきます。

メル美今回は「笛」の怪談。名刀にまつわる因縁話はよく聞くけど、笛は初めてかも。

プレ男どうしても手に入れたいもの、ってあるよね…。それが禍いのもとだったら、こわいな。
今回は、岡本綺堂の「笛塚」です。怪談集『青蛙堂鬼談』の一編で、青空文庫の本文(底本:『影を踏まれた女 岡本綺堂怪談集』光文社時代小説文庫、1988年)で読みました。初出は『苦楽』1925年(大正14年)1月です。
どんな話?
| 題名 | 笛塚 |
| 作者 | 岡本綺堂 |
| 収録 | 『青蛙堂鬼談』 |
| 初出 | 『苦楽』1925年(大正14年)1月 |
| 語り | 青蛙堂の怪談会で11番目に話す男。北国の出身で、自分の藩に伝わる話をする |
| 舞台 | 天保のはじめ、北国のある藩の城外の河原 |
| 主な人物 | 若侍・矢柄喜兵衛(19歳)/乞食に落ちた浪人・石見弥次右衛門(27、8歳) |
まくら:『耳袋』の家老
- 『青蛙堂鬼談』は、雪の3月3日、小石川の「青蛙堂」に集まった客が、ひとりずつ怪談を話していく本です。「笛塚」は、その会で「第十一の男」が語る話です
- 男は本題の前に、江戸の町奉行・根岸肥前守の随筆『耳袋』の一節を紹介します。主家の取りつぶしで切腹を命じられた美濃のある家老が、最期に、若いころ旅の宿で見た山伏の銘刀がほしくて、その山伏を斬って奪ったという「隠れた罪」を打ちあけた、という話です
- これから話すのは、それに少し似ていて、さらに複雑で奇怪な話だ、と男は言います
月の河原の笛の音
- 男の藩では、むかしから謡曲や能狂言がさかんで、武士にも笛や鼓をたしなむ者がいました。御馬廻りをつとめる19歳の矢柄喜兵衛も、前髪のころから笛を習い、子どものときからほめられる腕前でした
- 天保のはじめのある秋の夜、月にうかれて、喜兵衛は秘蔵の笛を持って城外の河原へ出ます。笛を吹きながら川下へ歩いていくと、行く先にも笛の音が聞こえました
- 吹く人も下手ではないが、それより笛そのものがよほどの名笛らしい。音をたどっていくと、そこは芒のあいだの、破れむしろを張った乞食の小屋でした
- 吹いていたのは27、8の男。姿は乞食でも、人柄がどうもちがう。笛を見せてもらい、ためしに吹いてみると、世にもまれな名管で、自分の笛とはくらべものになりません
- 「お手前は武家でござろうな」。くりかえしたずねる喜兵衛に、男はしぶしぶ口をひらきました。「拙者はこの笛に祟られているのでござる」
弥次右衛門が語った笛の因縁
- 男は四国の武士、石見弥次右衛門。19歳の春、田んぼの中にたおれていた四国遍路を介抱しましたが、遍路はそこで亡くなります。遍路は礼にと袋入りの笛をさしだし、「くれぐれも心して、わたくしのような終りを取らぬように」と言いのこしました
- 半年後、同じ田んぼで、旅すがたの若侍が待ちうけていました。「その四国遍路はそれがしの仇でござる。せめて笛だけでも」。素性も子細も言わない相手に、弥次右衛門はことわり、二人は刀をぬいて、若侍はたおれます。最期のことばは「その笛は貴様に祟るぞ」
- この一件が評判になり、殿さまから「笛を見せよ」とお召しがありました。笛好きのお部屋さまに取りあげられるのをおそれた弥次右衛門は、笛をかかえて出奔。家禄を捨てて浪人となり、病気、盗難と不運がつづいて、とうとう乞食にまで落ちたのでした
- 大小の刀まで手放しても、笛だけは手放さなかった。売るのも惜しく、折って捨てるのはなお惜しい。「捨てようとしても捨てられぬ。それが身の禍いとも祟りともいうのでござろうか」。あしかけ10年、絶えず苦しめられている、と弥次右衛門は言いました

プレ男禍いのもとだとわかってても、手放せないんだ…。
喜兵衛がその夜したこと
- 若い喜兵衛は、その話を信じませんでした。笛をほしがられるのをおそれて、作り話をしたのだろう、と
- どう考えても、あの笛がほしい。一度屋敷へもどった喜兵衛は、覆面をして、途中の竹やぶで竹槍をこしらえ、夜ふけの河原へ引きかえします。闇討ちにして奪うつもりでした
- 小屋の中からは、うなり声。悪い夢にうなされているような声がだんだん高くなり、弥次右衛門は筵をはねのけて外へころげ出てきました。月の光に、竹槍をかまえた喜兵衛の姿がありありと照らしだされます
- あわてて突きだした槍の穂を、弥次右衛門はつかんで引き、喜兵衛はよろめいてひざをつきました。刀に手をかけようとする喜兵衛に、弥次右衛門は静かに言います。「御貴殿は手前の笛に御執心か」「それほど御執心ならば、おゆずり申す」
- 「先刻の話をお忘れなさるな。身に禍いのないように」。笛を受けとった喜兵衛は、帰り道、名笛を手にしたよろこびと、自分の恥ずかしいおこないへの悔いに打たれました
夜明けの河原
- 夜が明けるのを待ちかね、喜兵衛は小判3枚をふところに、わびと礼を言いに河原へ行きました。秋の朝霧のなか、雁の鳴く声
- 弥次右衛門は、小屋の前で死んでいました。喜兵衛が捨てていった竹槍で、みずから命を絶っていたのです
7年目の秋、笛の中の文字
- 翌年の春、喜兵衛は妻を迎え、男の子を二人もうけて、何事もなく暮らしました。けれど7年目の秋、勤めの失策から切腹しなければならなくなります
- 最期に一曲の笛を吹くことを願いでて許され、心しずかに吹いていると、曲が終わろうとするとき、笛は怪しい音を立ててふたつに裂けました
- 笛の中には、「九百九十年 終 浜主」と刻まれていました
- 浜主は、日本に初めて笛をひろめた人として、この道の開祖とあおがれる尾張の連浜主。この年は天保9年で、逆算すると990年前は嘉祥元年、浜主が宮中で笛を奏したという承和12年から4年目にあたる、と作品は書きます。その990年目が、ちょうどこの年だったのです
- 喜兵衛は、自分がこの笛と運命をともにするのは逃れがたい因縁だとさとり、見届けの役人に笛の秘密をすべて打ちあけてから、尋常に切腹しました

切腹の前に吹いた笛は、曲の終わりに二つに裂け、中には「九百九十年 終 浜主」と刻まれていました。その990年目が、ちょうどその年にあたっていたのです。
笛塚
- 喜兵衛と親しかった藩の人たちは、遺族と相談して、裂けた笛をつぎあわせ、弥次右衛門が命を絶ったと思われる河原にうめました。標の石には「笛塚」の二字
- その塚は明治のあとまで河原に残っていたけれど、二度の出水で、いまはあとかたもなくなったと聞いている——男はそう話を結びます
読みどころ
- ほしい、という気持ちのこわさ:幽霊は出てきません。こわいのは、ほしくてたまらない気持ちが、まじめな若侍を闇討ちにまで向かわせること。まくらの『耳袋』の家老の話が、その伏線になっています
- ゆずった人、受けとった人:弥次右衛門は、自分を殺しにきた相手に笛をゆずり、その夜みずから命を絶ちます。禍いを知りながら手放せなかった笛を、やっと手放した夜でした
- 990年という命数:最後の持ち主がほろびるとき、笛もまた命を終える。笛の中に刻まれた文字で、それまでの因縁話がひとつにつながる結末です
- 名品をめぐる因縁:名刀の因縁話は昔から聞くけれど、笛にもこんな話があるとは——喜兵衛の驚きは、そのまま読者の驚きです
- 古い品が人の手をめぐって因縁を運ぶ話は、同じ『青蛙堂鬼談』の「猿の眼」や、綺堂の「兜」にも。持ち主が死んでも放さなかった釣竿の話には、幸田露伴の「幻談」があります
まとめ
- 「笛塚」は岡本綺堂『青蛙堂鬼談』の一編。初出は『苦楽』1925年1月
- 天保のはじめ、19歳の若侍・矢柄喜兵衛が、月夜の河原で乞食に落ちた浪人・石見弥次右衛門の名笛に出会う
- 弥次右衛門は「この笛に祟られている」と、持ち主から持ち主へ禍いを運んだ笛の因縁を語る
- 笛がほしくて闇討ちに向かった喜兵衛に、弥次右衛門は笛をゆずり、その夜みずから命を絶つ
- 7年後、喜兵衛の切腹の前に笛は裂け、中から「九百九十年 終 浜主」の文字。笛は河原にうめられ、「笛塚」と呼ばれた
参考文献
- 岡本綺堂. 青蛙堂鬼談(「笛塚」を収録。底本:『影を踏まれた女 岡本綺堂怪談集』光文社時代小説文庫、光文社、1988年。初出:「笛塚」『苦楽』1925年1月). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000082/card1307.html (閲覧日:2026年10月22日)
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