
メル美字を見ただけで恋をする話なんだって。筆跡で、その人の年や心までわかるのかな。

プレ男ぼくの字、見られたくないなあ…。
今回は、小泉八雲の『Shadowings』(1900年)に入っている「THE SYMPATHY OF BENTEN」です。英語の原文を Project Gutenberg で読みました。題名の「弁天の同情」と、本文中の「」の言葉は、英語の原文から Claude が訳したものです。人名は、八雲のローマ字表記をカタカナにしました。
どんな話?
| 題名 | THE SYMPATHY OF BENTEN(弁天の同情) |
| 作者 | 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン) |
| 収録 | 『Shadowings』(1900年)の「STORIES FROM STRANGE BOOKS」 |
| もとになった本 | 八雲の注では『Otogi-Hyaku-Monogatari』(御伽百物語) |
| 舞台 | 京都の Amadera(尼寺)と、その境内の弁天堂 |
| 主な人物 | 若い学者で歌人の Hanagaki Baishu(ハナガキ・バイシュウ)/短冊を書いた娘/娘の父 |
建てなおされた尼寺の祭り
- 京都に、Amadera という名高い寺がありました。清和天皇の第五皇子 Sadazumi Shinno(貞純親王)が、生涯の大半を僧としてすごした寺で、境内には名高い人々の墓がたくさんある、と八雲は書きます
- 古い寺は10世紀をへて朽ちはて、元禄14年(1701年)にすっかり建てなおされました。その祝いの大きな祭りに、何千もの人が集まります
- そのなかに、若い学者で歌人の Hanagaki Baishu がいました。よく水を飲みに来ていた泉へ行ってみると、まわりが四角い池に掘られ、「誕生水」と書いた木の札が立っています。そばには、小さいけれど美しい弁天さまのお堂が建てられていました
- 八雲の注では、ここでの「誕生」は西洋の意味の出生ではなく、仏教でいう新しい命、生まれかわりの意味に解するべきだといいます
風が運んだ短冊
- お堂をながめていると、ふいの風が、バイシュウの足もとに一枚の短冊(たんざく)を吹きよせました。書かれていたのは、Shunrei Kyo の名高い「初恋」の歌
- 歌は知っているものでしたが、その字は女の手で、目をうたがうほど美しく書かれていました。字の形のどこかに、子どもからおとなになるあいだの年ごろのにおいがあり、墨の色の深さは、書き手の心の清らかさを思わせました
- 八雲は注で、日本の学者は一度見た筆跡のくせを忘れず、書き手のおよその年まで見当をつけられる、墨はめいめいが自分ですって用意するので、その色に書き手の人柄があらわれるとされる、と説明しています
- 持ち帰って見なおすと、字はいっそうすばらしく見えます。バイシュウは、まだ見ぬ書き手に恋をしてしまいました
弁天への七日参り
- けれど、どうやってさがせばいいのか。だれなのか、どこに住んでいるのか。神さまのお力にすがるほかない
- 短冊が来たのは弁天さまのお堂の前。弁天さまは、恋する人たちが良縁を祈る神さまです。バイシュウは「誕生水の弁天」に祈りました。「女神さま、あわれんでください。短冊を書いた人の住まいを教えてください。ほんのひとときでも、会わせてください」
- そして七日参り(7日つづけて同じ寺にお参りする行)をはじめ、7日目の夜は、ひと晩じゅうお堂の前で祈りつづけると誓います
7日目の夜
- 7日目の夜、いちばん静かな時刻に、境内の正門で、中へ入れてほしいと呼ぶ声がしました。門がひらき、正装に高位の黒い烏帽子をつけた、白髪の気高い老人が、ゆっくりと歩いてきます
- 老人が弁天堂の前にひざまずくと、お堂の戸がひらき、すだれが半分まき上げられて、古風に長い髪をうしろで結んだ美しい稚児があらわれました。八雲の注では、この稚児は女神の使いで、女神のことばを伝える者です
- 稚児は澄んだ声で言います。「いまの身の上にふさわしくない、むずかしい縁を祈っている者がいる。だが、あわれむに足る若者なので、何とかできないか、そなたを呼んだ。前の世からのつながりがあるなら、二人を引きあわせよ」
- 老人は左の長い袖から赤い紐をとりだし、片方の端でバイシュウの体をしばるように巻き、もう片方を灯明の火にくべました。紐が燃えるあいだ、闇の中から誰かを呼ぶように、3度手をふります
- すると尼寺のほうから足音がして、15、6の美しい娘があらわれ、扇で顔の下半分をかくして、はずかしそうにバイシュウのそばにひざまずきました
- 稚児は言います。「そなたは近ごろ胸を痛め、体までこわしている。だから月下老人を呼んで、あの短冊の書き手に引きあわせた。その人が、いまそなたのそばにいる」。八雲の注では、「月下老人(Gekkawo)」は縁結びの神・結びの神の雅な呼び名です
「あなたの妻になるために」
- 稚児はすだれの奥へ、老人は来たときのように去り、娘もそのあとについて行きました。尼寺の大鐘が、夜明けを告げます
- 夢からさめたような気持ちで門を出たバイシュウは、まだ暗い通りを、同じ方向へひとりで歩いていく娘を見つけます。追いつこうとすると、娘はふり返って、しとやかにおじぎをしました
- 二人は静かな町を話しながら歩き、バイシュウの家の前に着きました。望みと不安を打ちあけるバイシュウに、娘はほほえんでたずねます。「わたしが、あなたの妻になるために呼ばれたのを、ご存じないの?」
- 娘は字が美しいだけでなく、絵も、生け花も、刺繍も、音楽も、機織りも縫い物も、家のことも何でもできる人でした

プレ男ここで「めでたし」じゃないの?
ふしぎな冬
- 二人が出会ったのは秋のはじめ。冬になるまで、仲むつまじく暮らしました。けれどバイシュウは、妻の生いたちも家族のことも、何も知りません。妻は話さず、神さまがくださった人なので、たずねるのはよくないと思っていたのです
- おそれていたように、妻を連れもどしに来る人もいません。それどころか、近所の人たちは、なぜか妻がいることにまったく気づいていないようにふるまっていました
- ある冬の朝、京都の、知り合いもいない町を通りかかったとき、バイシュウは見知らぬ屋敷の門から名を呼ばれ、主人に招きいれられます
屋敷の主人の話
- 主人は言いました。「16ばかりの娘がおります。字はまあまあ書けて、ほかのこともひととおり」。八雲の注によると、親は子の芸をへりくだって言うのが日本の古いならわしで、これは「すばらしく書ける」という意味です
- 「娘によい夫をと、弁天さまに祈り、娘の書いた短冊を、町じゅうの弁天のお堂におさめました。何夜かのち、夢に弁天さまがあらわれて、『もう娘を夫となる人に引きあわせた。この冬、その人がたずねてくる』と」
- 「ゆうべまた夢に弁天さまがあらわれ、『あす、その若者がこの通りに来る。家に呼んで、娘の夫になってくれとたのみなさい』と、あなたの名前も年も生まれも、顔や服装まで教えてくださったのです」
- バイシュウはとまどいました。自分にはもう妻がいる。弁天さまご自身がくださった、別れることなど考えられない妻が。けれど、こんなふしぎな事情のなかで、それを言いだすこともできず、だまって奥の部屋へついて行きます
同じ人で、同じ人ではない
- 引きあわされた屋敷の娘は、すでに妻として暮らしている、あの人そのものでした
- 同じ人で、しかも同じ人ではない、と八雲は書きます。月下老人が引きあわせたのは、愛する人の魂だけ。父の家でいま結ばれようとしているのは、その体でした
- 弁天さまが、自分を信じる人たちのために、この奇跡を起こしたのです

月下老人が引きあわせた娘と、屋敷で引きあわされた娘は、同じ人でした。八雲は、先に来たのは愛する人の魂だけで、屋敷の娘はその体だった、と書いています。
八雲の結び
- もとの話はここで急に終わっていて、いくつものことが説明されないまま残る、と八雲は書きます。魂の花嫁が暮らしていたあいだ、本物の娘はどんな心持ちだったのか。魂の花嫁はどうなったのか。夫の帰りを待っていたのか、本物の花嫁に会いに行ったのか。本は何も語らない、と
- そして、日本の友人の説明を紹介して結びます。魂の花嫁は、じつは短冊からつくられたのだ。本物の娘は、弁天堂でのできごとを何も知らなかったかもしれない。美しい字を書いたとき、娘の心の何かがその字に入った。だから、その字から書き手の分身を呼びだすことができたのだ、と
読みどころ
- こわくない怪談:幽霊も化け物も出てきません。それでも、近所の人に見えていないらしい妻、同じ人が二人いるという結末には、ひやりとするふしぎさがあります
- 字にこもる心:字の形と墨の色から、バイシュウは書き手の年ごろと心を思いえがきました。最後の「短冊から分身がつくられた」という説明は、その冒頭とつながっています
- 八雲の正直な不満:もとの話の結末は「あまり満足のいくものではない」と書き、読者が知りたくなる疑問を自分で並べてみせる。原典をそのまま紹介する八雲の手つきが見える結びです
- 生きている人の魂が抜けだす話:八雲の「生霊」では、生きている人の心が夜な夜な抜けだしてきます。こちらは恨みではなく、良縁を祈る気持ちから。同じ『Shadowings』で、絵の中の娘と結ばれる「衝立の乙女」とくらべて読むのもおすすめです
まとめ
- 「THE SYMPATHY OF BENTEN」は、小泉八雲『Shadowings』(1900年)の一編。八雲の注では『御伽百物語』から
- 元禄14年に建てなおされた京都の尼寺の祭りで、若い学者・バイシュウが、弁天堂の前で少女の筆の短冊をひろって恋をする
- 七日参りの最後の夜、月下老人が赤い紐で縁を結び、15、6の娘があらわれてバイシュウの妻になる
- 冬のある朝、見知らぬ屋敷に招かれると、主人の娘は、すでに妻として暮らしているその人だった
- 先に来たのは娘の魂、屋敷の娘はその体。弁天さまの奇跡だった
参考文献
- Lafcadio Hearn. Shadowings(Boston: Little, Brown, and Company. Copyright 1900). “The Sympathy of Benten”. Project Gutenberg. https://www.gutenberg.org/ebooks/34215 (閲覧日:2026年10月22日)
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