
プレ男井戸の怪談って、それだけで背すじが寒くなる…。

メル美でもこの話、こわいだけじゃなくて、最後はちょっとほっとするんだって。
今回は、小泉八雲の「THE MIRROR MAIDEN」です。八雲が亡くなった翌年、1905年10月に出版された『The Romance of the Milky Way, and Other Studies & Stories』に入っています。英語の原文を Project Gutenberg で読みました。題名の「鏡の少女」と、本文中の「」の言葉は、英語の原文から Claude が訳したものです。
どんな話?
| 題名 | THE MIRROR MAIDEN(鏡の少女) |
| 作者 | 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン) |
| 収録 | 『The Romance of the Milky Way, and Other Studies & Stories』(Houghton Mifflin、1905年10月) |
| 時代 | 足利将軍の時代 |
| 舞台 | 京都の古い京極のあたりの、井戸のある屋敷 |
| 主な人物 | 伊勢の社の神職 Matsumura Hyōgo(マツムラ・ヒョウゴ)/井戸の人「弥生」 |
京都の「不吉な家」
- 足利将軍の時代、南伊勢の Ogawachi-Myōjin の社が荒れはてました。その地の大名・北畠の殿は、戦などのために修理の費用を出せません
- 社の神職 Matsumura Hyōgo は京都へのぼり、将軍に顔のきく大名・細川の殿に助けを求めます。細川の殿は将軍に話すと約束してくれましたが、修理の許しが出るまでには調べと時間がかかるので、京都にとどまるようにと言いました
- マツムラは家族を呼びよせ、古い京極のあたりに家を借ります。りっぱで広い家でしたが、長く空き家で、不吉な家といわれていました。北東の側に井戸があり、前に住んだ何人もが、わけもなくそこへ身を投げていたのです
- けれど神職のマツムラは、悪い霊などおそれず、新しい家ですぐにくつろいで暮らしはじめました
涸れない井戸
- その年の夏は大日照り。何か月も雨がふらず、川は干上がり、井戸は涸れ、都でも水が足りなくなりました
- ところがマツムラの庭の井戸だけは、ほとんど満々と水をたたえていました。とても冷たく澄んで、かすかに青みをおびた水。町じゅうから水をもらいに人が来ても、少しもへりません
- ある朝、近くの屋敷から水くみに来た若い召使いが、井戸に浮いているのが見つかりました。身を投げるわけなど思いあたりません
水面の娘
- 井戸のまわりに柵をつくろうと、マツムラがひとりで井戸を見に行くと、水がとつぜん、生きものがいるように動きました
- 動きがおさまると、しずかな水面に、19か20ばかりの若い女の姿がはっきりとうつっていました。身じたくのさいちゅうで、くちびるに紅をさしています
- はじめは横顔だけでしたが、やがて女はこちらを向いて、ほほえみました。そのとたん、マツムラの胸にふしぎな衝撃が走り、酒に酔ったようなめまいがして、ほほえむ顔のほかはすべてが暗くなります。月の光のように白く美しい顔が、下へ、下へ、闇の中へと、自分を引きこんでいくようでした
- マツムラは必死に気力をふりしぼって目を閉じました。目をあけると顔は消え、自分は井戸の縁から身をのりだしていました。あと一瞬めまいがつづいていたら、二度と日の光を見ることはなかっただろう、と八雲は書きます
- マツムラは家の者に、決して井戸に近づかないよう言いつけ、翌日、井戸のまわりにじょうぶな柵をめぐらせました

メル美前に住んだ人たちが身を投げたのは、この顔にさそわれたから…?
嵐の三晩目
- 柵ができて1週間ほどで、長い日照りは大嵐で終わりました。都じゅうが地震のようにゆれるほどの雷。雨と稲妻と雷は三日三晩つづき、鴨川はかつてないほどあふれて、たくさんの橋が流されます
- 嵐の三晩目、丑の刻。家の戸をたたいて、中へ入れてほしいとたのむ女の声がしました。マツムラは召使いに答えることを禁じ、自分で戸口へ出ます。「どなたか」
- 「お許しを。わたくしです、弥生でございます。マツムラさまに、たいへん大事なお話があるのです。どうか、あけてください」
- 用心しながら戸を半分あけると、井戸からほほえみかけた、あの美しい顔がありました。けれど今は、とても悲しそうです
- 「この家には入れぬ。おまえは人間ではない、井戸の人だ。なぜ人をまどわし、命をうばうのか」
井戸の主
- 井戸の人は、玉をころがすような声で答えました。「そのことをお話ししたいのです。わたくしは、人をあやめたいと思ったことはありません」
- 「あの井戸には、むかしから毒龍が棲んでいました。井戸の主で、そのおかげで井戸はいつも満ちていたのです。わたくしはむかし井戸に落ちて、その龍に従わされ、龍が人の血を飲めるように、人を死へさそわされていました」
- 「けれど今、天の御方が龍に、これからは信州の Torii-no-Iké という池に住むよう命じられ、神々は二度とこの都へもどらせないとお決めになりました。龍が去った今夜、ようやく出てこられたのです」
- 「龍がいなくなって、井戸の水はわずかです。さがさせてくだされば、わたくしの体が見つかります。どうか早く、井戸から救いだしてください。ご恩は必ずお返しします」。そう言って、女は夜の中へ消えました
井戸の底の鏡
- 夜明け前に嵐は去り、空には雲ひとつありません。マツムラが井戸さらいを呼ぶと、だれもが驚いたことに、井戸はほとんど涸れていました
- 底から出てきたのは、とても古い型の髪飾りいくつかと、めずらしい形の金属の鏡。人の体も、獣の体も、どこにもありませんでした
- 鏡というものはみなふしぎなもので、それぞれに魂があり、鏡の魂は女である、と八雲は書きます。厚い錆におおわれた鏡をていねいにみがかせると、まれに見るりっぱな細工で、裏にはみごとな模様と、いくつかの文字がありました
- 読みとれたのは年号の一部と、「三月三日」の文字。三月はむかし「弥生」と呼ばれ、三月三日の節句は今も「弥生の節句」と呼ばれます。井戸の人が「弥生」と名のったことを思いだし、マツムラは、あれは鏡の魂だったのだと確信しました

井戸の底から見つかったのは、人の体ではなく古い鏡でした。裏に読みとれた「三月三日」の文字から、マツムラは「弥生」と名のった井戸の人が、鏡の魂だったと気づきます。
弥生が語った鏡の来歴
- マツムラは鏡を霊にふさわしく扱おうと、みがきなおして、銘木の箱をつくらせ、家の一室を鏡のために整えました
- その日の夕方、書斎にひとりでいるマツムラの前に、弥生があらわれます。前よりいっそう美しく、けれどその光は、白い雲ごしの夏の月のようにやわらかでした
- 「さびしさと悲しみから救ってくださったお礼にまいりました。わたくしは、お察しのとおり鏡の霊です」。弥生は来歴を語ります。斉明天皇の時代に百済から運ばれ、嵯峨天皇の時代に宮中の内親王に下され、のちに藤原家の家宝となり、保元のころに井戸に落とされて、大きな戦のあいだ忘れられていた
- 井戸の主の毒龍は、もとはこのあたりをおおっていた湖に住んでいましたが、家を建てるために湖が埋められると、井戸に移ったのでした
- 「もうひとつお願いがあります。わたくしを、むかしの持ち主とゆかりのある将軍・義政さまにおさめてください。きっと幸運がまいります。それから、あすのあとは、この家にいてはなりません。こわれてしまいますから」。そう言って弥生は消えました
予言のとおりに
- マツムラは翌日、家の者と荷物を別の町へ移しました。するとすぐに、前よりもはげしい嵐がおこり、洪水が、それまで住んでいた家を押し流してしまいました
- しばらくのち、細川の殿のはからいで、マツムラは将軍・義政にお目通りがかない、鏡とそのふしぎな来歴を書いたものをさしあげます
- 鏡の霊の予言どおり、将軍はこのめずらしい贈り物をたいそうよろこび、マツムラに高価な品々を与えたうえ、Ogawachi-Myōjin の社の建てなおしのために、たっぷりとお金を下さったのでした
読みどころ
- こわいのは前半、ほっとするのは後半:水面でほほえむ顔に引きこまれそうになる場面は、八雲の怪談のなかでもとくにぞっとする描写です。けれど正体が明かされると、話は、さびしい鏡を救いだす物語にかわります
- 「弥生」という名の謎:名のりと、鏡の裏の「三月三日」の文字がつながる。名前が正体を教える、なぞときのような組み立てです
- 注の多さ:斉明天皇・嵯峨天皇の在位年、百済、保元の年代、井戸の守り神は本来は水神であることなど、八雲は西洋の読者のために注をたくさん付けています
- 鏡の魂は女:八雲は、鏡にはそれぞれ魂があり、その魂は女だと書いています。鏡が大事な役をする八雲の話には「鏡と鐘」も。井戸と女の話といえば、岡本綺堂の「番町皿屋敷」もどうぞ
まとめ
- 「THE MIRROR MAIDEN」は、小泉八雲の遺稿集『The Romance of the Milky Way』(1905年)の一編
- 足利将軍の時代、伊勢の社の修理を願う神職・マツムラが、身投げのつづいた井戸のある京都の家を借りる
- 大日照りの夏、涸れない井戸の水面にうつる娘のほほえみに、マツムラは引きこまれかける
- 嵐の夜、「弥生」と名のる井戸の人が、井戸の主の毒龍が去ったことを告げる。井戸の底から出てきたのは古い鏡だった
- 鏡は将軍・義政にささげられ、社の建てなおしのお金が下された
参考文献
- Lafcadio Hearn. The Romance of the Milky Way, and Other Studies & Stories(Boston and New York: Houghton Mifflin and Company, 1905). “The Mirror Maiden”. Project Gutenberg. https://www.gutenberg.org/ebooks/15320 (閲覧日:2026年10月22日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。