
メル美亡くなった人に、もう一度逢える宿…。せつない話なのかな。

プレ男と思ったら、途中から話がぜんぜんちがう方へ行くんだって。
今回は、田中貢太郎の「立山の亡者宿」です。青空文庫の本文(底本:『日本の怪談(二)』河出文庫、1986年。底本の親本:『日本怪談全集』桃源社、1970年)で読みました。
どんな話?
| 題名 | 立山の亡者宿 |
| 作者 | 田中貢太郎 |
| 舞台 | 越中・立山のふもとの宿屋と、江戸の下谷長者町 |
| 主な人物 | 江戸の消火夫・小八/亡者宿の主人/亡者の役をさせられていた女/小八の家主 |
江戸から来た若い旅人
- 青葉の色が濃くなるころ、日中は暑くても日が暮れると涼しすぎるほどの、立山のふもとの宿屋に、江戸から若い旅人の小八が着きました
- 宿の主人に、小八は言います。「逢いたい亡者があって、ここへ来てたのめば逢わしてくれると聞いた。ほんとうに逢えるだろうか」
- 主人は答えます。この立山には地獄と極楽があって、亡者がみな集まっている。逢いたければ逢える。ただし、この世の人でない者に逢うのだから、「詞をかけてはなりません」。声をかければ姿が消えて、二度と見られないうえ、冥土の障りになって亡者が浮かばれない、と
逢いたいのは、先月死んだ女房
- 小八は下谷長者町の裏長屋に住む消火夫。新吉原の女郎と深い仲になり、年季が明けて自由の身になった女を、自分のところへつれてきました
- 背が高く、目の大きな女でした。女が井戸ばたで米をとぐと、小八はいばった口をききながらも、そばへ行って水をくんでやり、長屋のおかみさんたちにからかわれていました
- ところが、ひと月もたたないうちに、女房は1日ほどわずらって亡くなってしまいます。気がぬけたようになった小八を心配した長屋の者や仲間のなかに、立山のふもとの「亡者宿」の話をする者がいて、小八はあちこちで工面して三両あまりをこしらえ、やって来たのでした
- 主人は、亡者の年と命日を紙に書かせ、回向料、案内料、宿銭を告げます。小八は一両をさしだして、「これで後の回向も頼みます」

メル美いばってるのに、奥さんのために水をくんであげる小八さん、ちょっといいね。
夜明けの「地獄」
- その夜、小八は女房のことを思って眠れません。まだ星の残る暗いうちに起こされ、湯で身を清め、精進の膳をとって、提灯をさげた案内の男と山道をのぼっていきます
- 谷川の土橋、頭の上で赤ん坊のような声で鳴く鳥。小八の耳にはそんなものは何も入らず、なつかしい女房に逢えるよろこびでいっぱいでした
- 着いたのは、池のようになった十坪ほどの窪地。「ここが立山の地獄でございます。むこうの高いところを亡者が通ります」。案内の男は、日の出のころに迎えに来ると言って帰っていきました
- 夜が明けてくると、白いものの影がちらちらと見えました。白装束で髪をふりみだした、背の高い女が、窪地のむこうの岩山のすそにあらわれます。少し遠く、うす暗くてはっきりしないけれど、その姿は女房そっくりでした
「詞をかけてはならぬ」のに
- 小八は、主人の戒めも忘れて立ちあがり、女房の名を呼びながらかけだしました。そろそろと動いていた女の姿は、急に走るように逃げだします
- 小八は狂ったように追いかけ、うしろから女をだきとめました。女はふりほどこうともがきますが、その体には、この世の人のようなやわらかさがありました
- 「どうか見逃してくださいませ」。額に三角の紙をはった女の横顔をのぞきこむと、女は言います。「わたしが自分でしたことではありませんから」
- 「……じゃ、お前は亡者でねえのか」「亡者宿へ売られておる者でございます」

夜明けの谷で、小八がだきとめた女房そっくりの「亡者」には、この世の人のようなやわらかさがありました。女は、亡者の役をさせるために亡者宿へ売られていた人だったのです。
足のある幽霊
- 「なあんだ」。小八はばかばかしくもあり、いまいましくもありました。女はこの春から一生を五十両で売られ、ほかにも年寄りや子どもまで大勢いて、客の見たいという亡者になるのだと打ちあけます
- 表ざたになれば主人がどんな目にあうか、と見逃しをたのむ女に、小八は言いました。死んだ女房に逢いたくてわざわざ江戸から来たが、考えてみればこっちがばかだった。「どうだ姐さん、これから乃公と江戸へ往って、いっしょに暮そうじゃないか」
- 女はまよいます。けれど、死んだ女房の姿を見にはるばる来るほどの人なら、悪い薄情な男でもないだろう——二人は、案内の男が迎えに来る前に、宿にも知らせず逃げだしました
- 宿では大さわぎ。夕方、隣村へぬける谷の小道で、亡者の女の白衣が見つかります。小八の菅笠に「江戸下谷長者町小八」と書いてあったので、主人は旅じたくをして江戸へ向かいました
長屋での大立ちまわり
- 下谷の小八の家では、仲間が5、6人集まって酒を飲んでいました。立山まで死んだ女房の姿を見に行った男が、ほかの女をつれて帰ってきたのですから、長屋じゅうが目をまるくしています。「この幽霊が山の上をひらひらと往くじゃねえか」
- そこへ顔を出したのが、亡者宿の主人。「其処にいる女を伴れに来たのだ」と言ったとたん、仲間がそろって立ちあがり、主人はさんざんになぐられて外へ放りだされました
- 主人は家主のところへかけこみ、自分に都合のいいことばかり話します。小八は亡者宿のからくりをすっかりあばいて、「骨が舎利になっても女を返さない」。女も「一生を五十両に売られて、亡者になっておりました」と証言しますが、主人は「みんな嘘じゃ」と知らん顔
町奉行のお裁き
- 争いは町奉行所へ持ちこまれました。主人は最後まで「亡者のことは知らない」と言いはります
- 奉行は笑って言います。立山のふもとに、足のある幽霊をかかえて客の好みどおりに見せる亡者宿があることは、いまはじめて聞いた話ではない。知り合いにも、その幽霊を見たという者がいる
- 「恐れ入りました」。奉行は、愚かな人をまどわして金をだましとるとは不届き千万だが、今日は特別に許す、と言いわたします。郷里へ帰って幽霊どもにひまを出し、まっとうな宿屋をせよ。またやったら、「今度はその方をほんとの足のない幽霊にするぞ」
- 女にはひまを出し、小八にはだましとった金を返すこと。主人は一両と、女にひまを出す証文を小八にわたしました
- その夜、家主の老夫婦が仲人になって、小八と女は婚礼の盃をかわします。亡者宿の主人も、その席に連なっていました。小八には、いつのまにか「幽霊小八」というあだ名がついたのでした
読みどころ
- 怪談の型を、ひっくりかえす:「決して声をかけてはならない」という戒めは、怪談によく出てくる約束ごとです。この話では、その約束をやぶったところで、亡者の正体があばかれます
- 「やわらかさ」の一行:だきとめた女に「この世の人のような柔かな感じ」があった、という一行で、こわい話がそっくり反対側へ転がります
- 奉行のしゃれ:「足のある幽霊」をかかえる者を、今度は「足のない幽霊」にしてやる——お裁きのことばにまで、ユーモアがきいています
- 悲しみから始まる、明るい結末:女房をなくした悲しみから始まった旅が、売られていた女を救いだし、婚礼でしめくくられる。だました側の主人まで、その席に連なっています
- 同じ田中貢太郎の、こわいものを笑いとばす若者が出てくる「おいてけ堀」もどうぞ。亡くなった家族が会いにくる、ほんとうの言い伝えは、遠野物語の「幽霊」の記事で紹介しています。幽霊の正体が最後に明かされる話には、三遊亭円朝の『牡丹灯籠』もあります
まとめ
- 「立山の亡者宿」は田中貢太郎の作品
- 江戸の消火夫・小八が、ひと月で亡くなった女房に逢いたくて、立山のふもとの亡者宿をたずねる
- 戒めは「亡者に詞をかけてはならぬ」。けれど夜明けの谷で、女房そっくりの姿に小八はかけより、だきとめてしまう
- 「亡者」は、亡者の役をさせるために五十両で売られていた女だった。小八は女をつれて江戸へ逃げる
- 町奉行の裁きで亡者宿のからくりはあばかれ、小八と女は婚礼をあげて、小八には「幽霊小八」のあだ名がついた
参考文献
- 田中貢太郎. 立山の亡者宿(底本:『日本の怪談(二)』河出文庫、河出書房新社、1986年。底本の親本:『日本怪談全集』桃源社、1970年). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000154/card4481.html (閲覧日:2026年10月22日)
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