
メル美「ジャン」って、音の名前なの?それとも妖怪の名前?

プレ男姿はだれも見たことがなくて、音だけが通りすぎていくんだって。
日本の妖怪、今回は孕(はらみ)のジャンです。高知出身の物理学者・寺田寅彦の随筆「怪異考」(昭和2年『思想』)を、青空文庫の本文で読みました。
プロフィール(寺田寅彦「怪異考」より)
| 名前 | 孕(はらみ)のジャン |
| 出る所 | 高知の浦戸湾の「孕」。湾で山なみが切れた両側の突端と、その海峡をあわせた地名 |
| 姿 | だれも見たことがない |
| 起こること | 夜半に「ジャーン」と鳴りひびいて、海の上を過ぎていく。通ると魚がさわいで、その夜はもう釣れない |
| 寺田が聞いた話 | ジャンの音とともに「水面にさざ波が立つ」 |
| 寺田の見立て | 小さな地震である「地鳴り」ではないか |
鹿持雅澄が書いた「ジャン」
- 寺田は、土佐の郷土史家・寺石正路が雑誌『土佐史壇』第17号に書いた記事を引いています。昔はだいぶ評判だったが、このごろはまったくうわさがない。根拠のない話かと思えば、『土佐今昔物語』という本に、鹿持雅澄(かもちまさずみ)の筆として、こう書かれている——
- 孕の海に「ジャン」と呼ばれるめずらしいものがあった。だれもまだその形を見た者はなく、夜半にジャーンと鳴りひびいて海の上を過ぎていく
- 漁で暮らす人たちが夜に小舟を浮かべ、釣りや網でよい獲物をあげていても、これが海の上を通りすぎると、たちまち魚がさわいで走り、その夜はもう獲物がなかった
- 高知のあたりで、ものごとがだめになることを「ジャンになった」というのも、この海の上を過ぎていくものから出た、と語りつたえられている
- 寺石は、この「ジャンになった」の由来の説は誤りだと指摘し、孕のジャンは「何か微妙な地の震動に関したことではあるまいか」と書いていた、と寺田は紹介しています
寺田が「これだ」と感じた音
- 寺田自身も、子どものころ近所の老人から、たびたび同じような話を聞かされていました。記憶ちがいでなければ、そこには「水面にさざ波が立つ」という話もついていた、といいます
- 寺田がはじめに考えたのは、虫か鳥の群れが飛びたつ音ではないか、ということ。けれど夜半のことで、魚が釣れなくなるのなら、空気中の音だけとは考えにくい
- その後、筑波山の北の柿岡の盆地へ行ったとき、そこではめずらしくない「地鳴り」を何度か体験しました。そのとき寺田は「まったく神来的に」「孕のジャンはこれだ」と感じた、と書いています
- 地鳴りの音は「ジャーン」とも言いあらわせる雑音で、一方から一方へ「過ぎていく」。空中ともなく地中ともなく過ぎ去っていくのは、ほかにくらべようのない奇妙な感じだった
- 観測室では、磁力計の管が共鳴して数ミリほどふるえるのが見え、山の中では、靴の底にごく短い周期の震動を感じた。これだけの振動があれば、水面にさざ波が立ってもおかしくなく、魚もそれを感じるはずだ、と寺田は考えます

メル美さざ波と、魚がにげることまで、説明がつながるんだ!
地殻の「古傷」と大地震
- 寺田は、地鳴りは物理的にはごく小さな地震で、地殻の表層近くで起こるものだろう、と書きます
- 土佐の大地震の記録として、寺田は天武天皇の時代(西暦684年)の地震、そして慶長9年(1604年)、宝永4年(1707年)、安政元年(1854年)の大地震をあげています
- 孕の海峡は、地形図を見れば疑う余地のないほどはっきりした地殻の割れ目で、東西の山なみが南北の断層線で切れたものだ、と寺田はいいます
- そこで寺田の仮説は、宝永地震のあとから安政地震のころにかけて、この地方の地殻に特別なひずみが生じ、小さな地すべりで地鳴りが起きていた。それが近年、ひずみがおさまって起きなくなったのではないか、というものでした
- 寺田は、この仮説が正しいかどうかは後日を待つほかないと書き、上の三つの大地震の年の間隔から、今後数十年から百年のあいだに強い地震が起こるなら、その前後に何かありはしないか、という「暗示を次の代の人々に残す」と書いています
- そして、似た怪異の伝説や地鳴りの資料を知っている読者がいたら教えてほしい、と呼びかけています

寺田寅彦は、高知の孕のジャンを、筑波山の北の柿岡で体験した地鳴りと同じものではないかと考えました。寺田自身、これは多少科学的な考察にもとづいた「空想」だと断り、正しいかどうかは後日を待つほかない、と書いています。
この妖怪の読みどころ
- 姿のない妖怪:ジャンは、だれも形を見たことがない「音」だけの妖怪です。寺田は、その音の性質、さざ波、魚のようすから、正体を考えました
- 言い伝えを「翻訳」する:寺田は「怪異考」の冒頭で、怪異そのものの存在は信じられないが、祖先が多くの怪異に出あい「目撃」してきたという事実は否定しない、と書きます。自分たちの役目は、怪異の記録を今の科学の言葉に翻訳することで、できるのは科学的に合理的な「可能性」を示すことだけだ、と断っています
- 寺田自身の慎重さ:寺田はこれを「空想」あるいは「小説」として書きとめると断っています。答えではなく、問いを次の世代に渡した随筆です
- 同じ「怪異考」で寺田が取りあげた、馬を襲う魔物は「ギバ」、寺田が旋風で説明した「鎌鼬」、夜ふけに聞こえる太鼓の音は「狸の腹鼓」もどうぞ
まとめ
- 孕のジャンは、高知・浦戸湾の「孕」で、夜半に「ジャーン」と鳴りひびいて海の上を過ぎていくとされた、姿の見えない怪異
- 通ると魚がさわいでその夜は釣れない、水面にさざ波が立つと伝えられた
- 寺田寅彦は、筑波山の北の柿岡で体験した「地鳴り」と同じものではないか、と考えた
- 孕の海峡は断層線で切れた地形で、宝永から安政の大地震のころの地殻のひずみが地鳴りを起こしていたのでは、という仮説を、寺田は「後日を待つ」として書き残した
参考文献
- 寺田寅彦. 怪異考(昭和2年11月『思想』). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card2344.html (閲覧日:2026年10月22日)
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