
プレ男狸がおなかをポンポコたたくやつだ!童謡でもあるよね。

メル美明治には、本当に「腹鼓が聞こえる」って町じゅうで評判になったことがあるんだって。
日本の妖怪、今回は狸の腹鼓(たぬきのはらつづみ)です。妖怪を研究した井上円了の『おばけの正体』(緒言は大正3年)、『迷信解』(明治37年)、『迷信と宗教』(序は大正5年)と、民俗学者・柳田國男の『山の人生』(大正15年)に収められた「山人考」を、青空文庫の本文で読みました。
プロフィール(井上円了・柳田國男の本より)
| 名前 | 狸の腹鼓。深夜の太鼓や囃子の音は、遠州では「狸の神楽」とも(柳田) |
| 聞こえるとき | 夜ふけ。庄内の例では、秋の晴れた夜の3時ごろから5時ごろまで |
| 音 | 「トントン」と太鼓のような音。遠くなったり近くなったりする |
| 言い伝え | 狸が腹をたたいている。物まねが得意な狸は、汽車の音や学校の騒ぎまでまねる(柳田) |
| 円了の見立て | 夜ふけには遠くの音が近くに聞こえる。鍛冶屋のふいご、山寺の木魚、ふくろうの声などのまちがい |

根付「狸の腹鼓(Tanuki no Hara Tsutsumi)」18世紀、木彫。メトロポリタン美術館所蔵(10.211.2014、パブリックドメイン)
庄内の「トントン」の正体
- 円了は『おばけの正体』の「狸の腹鼓」の項で、世に狸の腹鼓という怪談があるが、夜ふけになると遠くの物音が近くに聞こえるので、山寺の木魚の音などをまちがえて腹鼓とすることが多い、と書きます
- その例として紹介しているのが、山形県の庄内での出来事です。ある年の秋、晴れた夜の3時ごろから5時ごろまで、トントンとひびく音が聞こえ、遠くなったり近くなったりする。人々はみな「狸の腹鼓だ」と言っていました
- 町に住むある人が、磯釣りに行こうと午前2時に起きて門を出ると、うわさどおり東南の方から、はるかにトントンと聞こえる。正体を見とどけようと、音の方へ静かに歩いていくと、行けば行くほど遠くなる
- だんだん近づいてみると、正体は鍛冶屋のふいごの音でした。毎朝2時半ごろから吹きはじめ、5時ごろになると人が起きて世の中の物音がにぎやかになるので、聞こえなくなる
- 遠くなったり近くなったりするのは、その日の風の具合。晴れた夜に限るのは、天気が悪いと雨風の音にまぎれて聞こえないから——円了はこう説明しています
- 『迷信解』でも円了は、羽前の庄内の町で、毎晩夜ふけに腹鼓の音がするとさわいだが、よくただしてみれば鍛冶屋のふいごの音だった、と同じ話にふれています

プレ男朝2時半から働く鍛冶屋さんの音だったんだ。狸じゃなくて、働き者の音!
神社の森の「太鼓」と、ふくろう
- 『迷信と宗教』の「迷信の原因(経験)」の段で、円了は、経験が少ないために、不思議でないことを早合点して不思議とする例をあげています
- 信州の佐久郡の村で、氏神をまつる森の中の社殿から、ある夜から日蓮宗の太鼓のような奇妙な音が聞こえるようになり、狸の腹鼓だと決めつけた話がある。尾張や福島の村でも、社の森で同じような怪音があった
- 円了の説明では、神社の境内には古い木があり、古い木にはうろ(空洞)ができる。ふくろうやみみずくは、そうしたうろに住んで子を産む。その声を、たちまち妖怪とまちがえてしまうのだ、といいます
- 同じ本の「迷信の利害(無害無利)」の段では、紀州の牟婁郡のある村で、夜ふけにはるかに鼓の音がひびくのを、土地の人は狸の腹鼓と呼び、狸の遊びのように思って、別にあやしみもおそれもしない、と書いています。円了は、こうした迷信は「害もなく利もない」としています
柳田國男:汽車の音もまねる狸
- 柳田國男は「山人考」で、山の中の「魔所」で聞こえる怪音として、木を切りたおす音がするのに倒れた木がない「天狗倒し」や、大勢の笑い声がする「天狗笑い」などをあげ、笛や太鼓の囃子の音もあった、と書きます
- 夜ふけに物音が聞こえ、たずねると場所が転々とする怪として、柳田は、広島で評判になった「バタバタの怪」や、東京の七不思議のひとつに数えた「本所の馬鹿囃子」をあげています
- 柳田の住む牛込の高台でも、しばしば深夜の囃子の音がすると言われていた。東京のは「テケテン」という太鼓だけだが、加賀の金沢では笛が入ると泉鏡花が言っていた、と柳田は書きます
- 遠州の秋葉街道では、天狗のおひざもとなのに、これを「狸の神楽」と呼び、狸が演奏しているのを見たという人までいたそうです
- 柳田は、狸は物まねがいちばん得意だと信じられ、古風な腹鼓だけでなく、汽車が開通すれば汽車の音、小学校ができれば学校の騒ぎ、酒屋が建てば杜氏の歌声を真夜中に再現させる、と言われた、と書いています
- けれど、それを狸のしわざとする根拠は「みながそう信ずるという事実より以上に、一つも有力なものはなかった」——柳田はこう指摘しています

井上円了が記録した庄内の狸の腹鼓の正体は、毎朝2時半から吹きはじめる鍛冶屋のふいごの音でした。柳田國男は、狸のしわざとする根拠は「みながそう信ずる」ということ以上には何もなかった、と書いています。
この妖怪の読みどころ
- 夜の音は、遠くから来る:円了は、夜ふけには遠くの音が近くに聞こえること、風で遠くなったり近くなったりすることを、ていねいに説明しました
- 新しい音も、狸のせいに:柳田が書いたように、汽車や学校など新しい音が増えると、それも狸がまねていると言われました。夜の汽車のふしぎな話は「偽汽車」でも
- こわがらない腹鼓:紀州の村の人は、腹鼓を狸の遊びと思い、おそれもしなかった。妖怪とのつきあい方にもいろいろあります
- 狸とムジナの名前のちがいは「狸とムジナ」、佐渡の名高いムジナは「団三郎狢」、田中貢太郎の「狐と狸」もどうぞ
まとめ
- 狸の腹鼓は、夜ふけにどこからか聞こえる太鼓のような音を、狸が腹をたたいているとする言い伝え
- 井上円了が記録した山形・庄内の腹鼓の正体は、毎朝2時半から吹きはじめる鍛冶屋のふいごの音。遠近は風、晴れた夜に限るのは雨風の音にまぎれないから
- 神社の森の太鼓のような音は、古木のうろに住むふくろうやみみずくの声だった、と円了は説明した
- 柳田國男は、東京の「テケテン」や遠州の「狸の神楽」、汽車や学校の音までまねると言われた狸を書き、狸のしわざとする根拠は「みながそう信ずる」ことしかなかった、と指摘した
参考文献
- 井上円了. おばけの正体「第一〇九項 狸の腹鼓」. 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/001021/card49355.html (閲覧日:2026年10月22日)
- 井上円了. 迷信解「第二段 狐狸のこと」. 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/001021/card49373.html (閲覧日:2026年10月22日)
- 井上円了. 迷信と宗教「第四三段 迷信の利害 二(無害無利)」「第四八段 迷信の原因 二(経験)」. 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/001021/card49374.html (閲覧日:2026年10月22日)
- 柳田國男. 山の人生(大正15年)所収「山人考」. 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/001566/card52505.html (閲覧日:2026年10月22日)
- The Metropolitan Museum of Art. Netsuke: Tanuki no Hara Tsutsumi, 18th century(10.211.2014、Open Access/パブリックドメイン). https://www.metmuseum.org/art/collection/search/59232 (閲覧日:2026年10月22日)
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