
メル美人魂って、お墓の上をふわふわ飛ぶ青い火の玉だよね。子どものころ、すごくこわかった。

プレ男明治には、人魂を見に毎晩千人も集まった騒ぎがあったらしいよ。
日本の妖怪、今回は人魂(ひとだま)です。妖怪を研究した井上円了の『迷信と宗教』(序は大正5年)と『おばけの正体』(緒言は大正3年)、物理学者・寺田寅彦の随筆「人魂の一つの場合」(昭和8年)を、青空文庫の本文で読みました。
プロフィール(井上円了・寺田寅彦の本より)
| 名前 | 人魂(ひとだま)、火の玉 |
| 姿 | 空中を飛ぶひとかたまりの火 |
| 言い伝え | 人の霊魂が火になってあらわれる。円了は、世間でいう人魂は生霊・死霊と同じものとされている、と書く |
| 古い記録 | 『万葉集』巻16の「物をおそるる歌」に「人魂のさ青なる君」 |
| 円了の見立て | 空を飛ぶ怪火を見て人魂と呼ぶのは思いこみ。騒ぎの正体はガラスに映った灯の光 |
| 寺田の見立て | 暗さになれた目が、光の帯を「動く火」と感じる錯覚かもしれない |
『万葉集』の「人魂」
- 円了は『迷信と宗教』で、江戸時代の随筆『桂林漫録』の幽霊の話を引いています。そこには、『万葉集』巻16の「物をおそるる歌」として、
- 「人魂の さ青なる君が ただひとり 逢へりし雨夜の 葉非左し思ほゆ」(円了の引用では「ひとだまのさをなるきみがただひとりあひてしあまよはひさしとぞおもふ」)
- という歌が紹介されています。人魂のように真っ青な顔の君に、雨の夜にただひとり出あった——人魂という言葉が、それほど古くからあったことがわかります
- 円了自身は、世間でいう人魂は生霊・死霊と同じものとされているが、ひとかたまりの怪火が空を飛ぶのを見て人魂と呼ぶのは、思いこみから出たものだ、と書いています
明治の横浜、毎晩千人の「人魂騒ぎ」
- 『おばけの正体』の「横浜の人魂騒ぎ」の項で、円了は『時事新報』の記事を引いています
- 横浜市内のある商家の軒先から、毎晩人魂が出るという評判が立ち、市内はもちろん近くの村からもわらじばきで見物に押しかける人が、毎晩何百人から千人以上。取りしまりも行きとどかないほどの混雑になりました
- きっかけは、その家のおかみさんが亡くなったあと、葬式が質素すぎた、亡くなった人がうらんでいるだろう、という近所のうわさでした。子どもや近所の人が、夜をかえて「見た」と言いだし、大さわぎに
- 見物人のなかには、雨戸によじのぼる人、戸をたたく人、石を投げこむ人まで出て、その家は大変な迷惑をこうむります
- 記事によると、人魂の正体は「もとより何でもないこと」。2階の座敷の格子にかけた白い浴衣と黒い帽子を外から見て幽霊だと言いふらした人がいたこと、そして、家の欄間のガラスに、向かいの家のランプの光が反射したのを人魂だと思いこんだのだろう、とされています
- 円了は「世間の幽霊談は、たいていこの一例によって推測することができる」と書いています

メル美うわさだけで千人……。一番こわいのは、人魂より、うわさで集まる人のほうかも。
長崎の「火の玉騒ぎ」
- 続く「長崎の火の玉騒ぎ」の項は、円了が長崎に滞在していたときの話です。市内の一覧橋に、深夜、火の光を出す怪物があらわれるという評判が立ち、みんなが橋の上に集まるさわぎになりました
- 橋の上から見ると、毎晩11時すぎに、十町あまり離れた所に光が見える。ところが橋の前後では見えない。橋が平地より高くかかっているからです
- 方角と距離を見さだめて現地へ行ってみると、正体は、呉服店の軒灯のガラスに、向かいの家の2階の灯が反射したものでした
- 軒灯がともっている間は怪しく見えないが、11時ごろに軒灯を消したあと、向かいの灯の反射だけが橋の上の人の目に映り、妖怪さわぎになったのです
寺田寅彦が調べた「火の玉」
- 寺田寅彦の「人魂の一つの場合」は、ある夏、信州の温泉宿に泊まっていた夜の話です。池の向こうの広場では盆踊りが行われていました
- ベランダにいた21歳の子が「今火の玉が飛んだ」と言いだし、19歳の子も「私も見た」と言う。寺田は2人の話から、火の玉が水平に、半秒ほどで空を横切ったらしいことをまとめます
- 2人が指さす方向の線が交わるあたりを調べると、温泉の浴室があり、その軒下の明かり窓が、細長い水平な光の帯になって空中にかかっているように見えた
- ところが、よく聞くと、右にいた子は光が左から右へ、左にいた子は右から左へ動いたと言う。2人の話は、動いた向きが正反対でした
- 寺田は、高圧放電の火花の実験で、ほとんど一瞬で終わる火花が、暗さになれた目には一方から一方へ流れるように見えることに気づいていました。その向きは目の位置によって逆になるようでもあった
- そこで、浴室の明かり窓の光が、消えていたあとぱっとついたのを、暗さになれた横目が「動く火の玉」と感じたのではないか、と寺田は考えます。ただしこれは想像で、確かめたわけではなく、結局なんだかわからない、とも正直に書いています
- 寺田は最後に、子どものころは火の玉や人魂をひどくこわがったが、今の子どもはこわがらない。それが少しかわいそうな気がする、「こわいものをたくさんにもつ人は幸福だと思うからである」と結んでいます

井上円了が記録した横浜と長崎の人魂騒ぎは、どちらもガラスに映った灯の光が正体でした。寺田寅彦は、子どもたちが見た火の玉を調べ、暗さになれた目の錯覚の可能性を考えたうえで、結局なんだかわからないと正直に書いています。
この妖怪の読みどころ
- ガラスと灯りの時代の妖怪:横浜はランプ、長崎は軒灯、寺田のときは電灯。新しい明かりが増えるたびに、その反射や点灯が「火の玉」に見えました
- うわさの重さ:横浜の騒ぎでは、亡くなった人とその家族が、うわさと見物人に苦しめられました。円了は、こうした騒ぎに立ちさわぐ人々こそ「気の毒」だと書いています
- わからないと書く勇気:寺田は、仮説を立てたうえで「なんだかわからない」と書き、実験の案を残しました
- 夜の野の怪火なら「狐火」、海の上の火なら「不知火」もどうぞ
まとめ
- 人魂は、人の魂が火の玉になって空を飛ぶとされるもの。『万葉集』巻16にも「人魂のさ青なる君」と詠まれている
- 円了は、空を飛ぶ怪火を人魂と呼ぶのは思いこみだと書いた
- 明治の横浜の人魂騒ぎは毎晩千人以上が集まったが、正体はガラスに反射したランプの光など
- 長崎の火の玉騒ぎの正体は、呉服店の軒灯のガラスに映った向かいの家の灯
- 寺田寅彦は、子どもたちが見た火の玉を、暗さになれた目の錯覚かもしれないと考え、「こわいものをたくさんにもつ人は幸福だ」と書いた
参考文献
- 井上円了. 迷信と宗教「第六二段 付録」の第一〇節(生霊、死霊、人魂、魂魄、遊魂の解)・第一二節(幽霊の説). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/001021/card49374.html (閲覧日:2026年10月22日)
- 井上円了. おばけの正体「第一〇項 横浜の人魂騒ぎ」「第一一項 長崎の火の玉騒ぎ」. 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/001021/card49355.html (閲覧日:2026年10月22日)
- 寺田寅彦. 人魂の一つの場合(昭和8年11月、帝国大学新聞). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card2360.html (閲覧日:2026年10月22日)
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