
プレ男海坊主って、海からぬーっと出てくる、つるつる頭の巨人でしょ?

メル美明治の学者の記録だと、その巨人の正体は「自分の影」だったんだって。
日本の妖怪、今回は海坊主(うみぼうず)です。妖怪を研究した井上円了の『おばけの正体』(緒言は大正3年)、田中貢太郎の「海坊主」、土田耕平の「海坊主の話」(『鹿の眼』大正13年)を、青空文庫の本文で読みました。
プロフィール(三つの本より)
| 名前 | 海坊主。九十九里では「海亡魂(うみぼうこん)」とも(円了) |
| 姿 | 海の上の大坊主・大入道。土田の話では、顔の長さが四尺(約1.2m)、目をとじて口を少しあけ、胸から上を海の上に出す |
| 出るとき | 霧の夜(円了)、時化の夜(田中)、雨の日に限る(土田の話の老人) |
| 出る所 | 老人によると、船が沈んで人がたくさん死んだ場所 |
| 円了の見立て | 濃い霧に、提灯の光で自分の姿がうつったもの |
九十九里の大入道は「自分の影」だった
- 円了の『おばけの正体』の「海上の幻影」の項は、上総(千葉県)の九十九里の浜での話です
- 提灯がなければ歩けない真っ暗な夜、浜を行き来していた人がおどろいて帰ってきて、「海の上に大入道があらわれている。きっと海亡魂だろう」と言った
- その村の小学校長が、たしかめに出かけてみると、たしかに大坊主が海の上にあらわれている。神経のせいで見えるまぼろしでもない
- ところがその大坊主は、自分が歩けば同時に歩き、止まれば止まり、手をあげれば手をあげる。そこでようやく、自分の体の影だと気がついた
- そのとき海の上には濃い霧がかかっていて、提灯の光で自分の姿が霧にうつり、鏡のようになっていたのです。校長は「世に、自分の影にだまされるとはこのことであろう」と話した、と円了は書いています
- 円了は、霧に姿がうつることは深い山でもしばしばあることで、昔の人は原因をたしかめずに、すぐ海坊主とか山男とか名づけて妖怪にしてしまったのだ、と結んでいます

プレ男手をあげたら、海坊主も手をあげる……。ちょっと笑えるけど、夜の海で見たら絶対こわい!
円了が集めた、海と川の「亡魂」
- 円了は同じ本の「川亡魂」の項で、世に海亡魂・川亡魂といい、海や川で死んだ人の霊魂が水の中にあらわれると言われている、と書いています
- 秩父の荒川で、夜、網にかかった光るものを川亡魂だと思って逃げ帰った人がいた。翌日行ってみると、正体は光る木(光り木)だった
- 「幽霊灯台」の項では、明治の初めに越後の出雲崎の海岸に灯台ができたとき、遠くから火を見た人が、海で死んだ亡者の霊魂だと思い、海亡魂の評判が立って見物に行くさわぎになった。正体がわかったあと、その灯台は「幽霊灯台」と呼ばれた、という話も記録しています
泉鏡花が語った、房州の黒い坊主
- 田中貢太郎の「海坊主」は、「これは小説家泉鏡花氏の話である」と始まります
- 房州(千葉県)の海岸の若い漁師の家に、夕方、うす汚い坊主が来て家の中をのぞきこむ。おかみさんが握り飯を出しても、お金を出しても、坊主は手を出さず、じっと立ったまま動かない
- こわくなったおかみさんが、船から上がってきた若い漁師たちに話すと、みんなで坊主をなぐりつけ、波打ちぎわへ放りだしてしまいました
- その夜、海は荒れ、夜ふけに「おうい、おうい」という悲しそうな呼び声が聞こえる。難船だと思って飛びだした夫の前の岩の上に、ぐっしょりぬれた衣の坊主が立っていて、だまって夫の家の方を指さす
- 家の方から赤ん坊の泣き声とおかみさんの悲鳴が聞こえ、夫がつかみかかろうとすると、坊主は白い歯を見せて笑い、海の中へ飛びこんで見えなくなった。家にかけこむと、赤ん坊はもう冷たくなっていた——という、悲しい結末の話です
漁師が見た「顔の長さ四尺」の海坊主
- 土田耕平の「海坊主の話」は、子どものころかわいがってくれた「髯(ひげ)のぢい」から聞いた話を書いた童話です
- ぢいは二十代のころ、北の海で漁師をしていました。秋の雨の日の夕方、仲間7、8人と小舟で引きあげようとすると、大きな帆前船(ほまえぶね)が行く手をさえぎる。よけようとすると、音もなく動いてまた前をふさぐ
- よく見ると、甲板の十四、五人も船そのものも、影のようにぼんやりしている。「かまうことはない、やっつけろ」と小舟を突っこませると、ぶつかる寸前に帆前船は消えてしまいました
- こわくなって陸へ急ぐと、今度こそ海坊主があらわれます。顔の長さが四尺もあり、目をとじ、口を少しあけて、海の上に胸から上を出して立っていた。これも影のようにぼんやりしていて、舟をこぎあてるとたちまち消えた
- ぢいは「海坊主のときはもうこわくなかった。それより帆前船のほうが気味が悪かった」と言い、海坊主は船が沈んで人がたくさん死んだ場所に出る、出るのは雨の日に限る、と話したそうです

井上円了が記録した九十九里の「海亡魂」の大入道は、歩けば歩き、手をあげれば手をあげる、霧にうつった自分の影でした。円了は、霧に姿がうつることは深い山でもあり、昔の人はそれを海坊主や山男と名づけて妖怪にしてしまった、と書いています。
この妖怪の読みどころ
- こわさの正体は「動きが合う」こと:九十九里の校長は、大坊主が自分と同じ動きをすることに気づいて、正体を見ぬきました。逃げずにたしかめた人がいたから、この記録が残っています
- 海で亡くなった人への思い:円了の「海亡魂・川亡魂」、土田の老人の「人がたくさん死んだ場所に出る」。海坊主の話には、海の事故で亡くなった人を思う気持ちが重なっています
- 海で死者が船に近づく話は「船幽霊」、夜の海に並ぶふしぎな火は「不知火」もどうぞ
まとめ
- 海坊主は、海の上にあらわれる大坊主・大入道の化け物。九十九里では「海亡魂」とも呼ばれた
- 井上円了が記録した九十九里の大入道の正体は、濃い霧に提灯の光でうつった自分の影。歩けば歩き、手をあげれば手をあげた
- 円了は、霧に姿がうつることは山でもあり、昔の人はそれを海坊主や山男と名づけたと書いた
- 田中貢太郎は、泉鏡花から聞いた房州の黒い坊主の悲しい話を書いた
- 土田耕平が老人から聞いた海坊主は、顔の長さ四尺、目をとじて胸から上を出し、雨の日に限って出たという
参考文献
- 井上円了. おばけの正体「第二〇項 海上の幻影」「第七一項 川亡魂」「第一〇三項 幽霊灯台」. 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/001021/card49355.html (閲覧日:2026年10月22日)
- 田中貢太郎. 海坊主. 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000154/card45524.html (閲覧日:2026年10月22日)
- 土田耕平. 海坊主の話(『鹿の眼』古今書院、大正13年). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/001179/card45141.html (閲覧日:2026年10月22日)
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