
プレ男ヤタガラスって、3本足のカラスだよね! 道案内の神さまって聞いたことある。

メル美『古事記』と『日本書紀』で、何て書かれているか確かめてみよう。
こんにちは、Dr. Taro です。 神さまの解説、今回は日本神話のヤタガラスと、カムヤマトイハレ彦(のちの神武天皇)の「東征」です。『古事記』(武田祐吉訳、青空文庫)と、『日本書紀』巻第三(ウィキソース)を読みました。日本神話の全体は日本神話の入門へ。

月岡芳年「大日本史略図会 第一代 神武天皇」1880年、錦絵(3枚続きの中央部分を切り出し)。ウィキメディア・コモンズ(パブリックドメイン。作者は1892年没)。『日本書紀』の金色のトビ(金鵄)の場面です
プロフィール
| 名前 | 八咫烏(『古事記』)、頭八咫烏(『日本書紀』) |
| 送った神 | 『古事記』では高木の神、『日本書紀』ではアマテラス(夢のお告げ) |
| 役目 | 熊野から大和への道案内。大和の豪族たちのもとへの使い |
| 案内した人 | カムヤマトイハレ彦(のちの神武天皇)。トヨタマヒメの孫 |
| 足の数 | 『古事記』『日本書紀』の該当箇所には、書かれていません |

プレ男えっ、3本足とは書いてないんだ!
1. 「もっと東へ」
『古事記』中の卷「神武天皇」の段です。
- カムヤマトイハレ彦は、兄のイツセと、筑紫(九州)の高千穂の宮で相談しました。「どこにいれば、天下をたいらかに治められるだろうか。やはり、もっと東へ行こうと思う」
- 一行は日向を出て、豊国の宇佐、筑紫の岡田の宮(1年)、安芸のタケリの宮(7年)、吉備の高島の宮(8年)をへて、東へ進みます
- 速吸の海峡では、亀の甲に乗って釣りをしながらやってくる土地の神に出会い、海の道案内にしました
- ところが、難波から河内に上陸すると、大和のナガスネ彦の軍とたたかいになり、兄イツセが矢で手を傷つけます。イツセは「日の神の子として、日に向かってたたかうのはよくなかった。これからは回って、日を背にして撃とう」と言いましたが、紀伊の国で亡くなりました
2. 熊野の大きな熊と、天からの剣
- 一行は南へ回り、熊野に着きます。すると大きな熊がちらりとあらわれて消え、カムヤマトイハレ彦も兵士たちも、みな気をうしなってたおれてしまいました
- そこへ熊野のタカクラジが、1ふりの大刀をもってきます。受けとると、カムヤマトイハレ彦は目をさまし、「ずいぶん寝たものだ」と言いました。熊野の山の悪い神々は、ひとりでに斬りたおされ、兵士たちもめざめました
- この大刀は、国ゆずりのとき地上をしずめたタケミカヅチが、タカクラジの夢をとおして、天からおとしたものでした
3. ヤタガラスの道案内
- 高木の神は、こう教えます。「天の神の御子よ、ここから奥へは入りなさるな。悪い神がたくさんいる。いま天から八咫烏をよこそう。その八咫烏が道案内をするから、そのあとからついて行きなさい」
- 教えのとおり、八咫烏のあとを行くと、一行は吉野川の下流に着きました。そこで、川に筌(うえ)をしかけて魚をとる神、光る井戸から出てきた尾のある人、岩をおしわけて出てきた尾のある人など、土地の神々に次々に出会い、山を越えて宇陀へ入りました
- 宇陀では、カムヤマトイハレ彦はまず八咫烏を使いに送り、土地の兄弟エウカシ・オトウカシに「いま天の神の御子がおいでになった。おまえたちはお仕えするか」とたずねさせました。兄のエウカシは、鏑矢(かぶらや)で使いを射かえしました

メル美道案内だけじゃなくて、交渉の使いもしていたんだね。
4. 『日本書紀』のヤタガラス
『日本書紀』巻第三(神武天皇)では、少しちがう形で語られます。
- 熊野の山はけわしく、道がなくて、一行は進むことも退くこともできなくなりました。その夜、天皇の夢にアマテラスがあらわれ、「わたしはいま、頭八咫烏を送ろう。道案内にしなさい」と告げます
- はたして、頭八咫烏が空からまいおりてきました。天皇は「このカラスが来たのは、よい夢のとおりだ。なんとさかんで、かがやかしいことか。わが祖先のアマテラスが、国づくりを助けようとしているのだろう」と言いました
- 大伴氏の祖先の日臣命(ひのおみのみこと)が兵をひきい、カラスの向かう先を見あげながら追いかけて、山をふみわけ、宇陀にたどり着きました
- のちに、磯城(しき)の兄弟のもとへ使いに行ったときには、カラスは陣に行って「天の神の子が、おまえをよんでいる。さあ、さあ」と鳴きました。兄は怒って弓で射ましたが、カラスはよけて飛びさりました
- 『日本書紀』は、のちのほうびの場面で、「頭八咫烏も、ほうびを受ける例に入れられた。その子孫が葛野主殿県主部である」と書いています
5. 金色のトビ
- 『日本書紀』によると、天皇の軍はナガスネ彦と何度もたたかいましたが、勝てません。すると急に空が暗くなり、ひょうがふってきました
- そこへ金色のふしぎなトビ(金鵄)が飛んできて、天皇の弓の先にとまりました。トビはいなずまのように光りかがやき、ナガスネ彦の兵士たちは、みな目がくらんで、たたかえなくなりました
- 『日本書紀』は、このことから人びとはその土地を「鵄邑」とよび、いまの「鳥見(とみ)」はそれがなまったものだ、と書いています。上の芳年の錦絵は、この場面です
- こうしてカムヤマトイハレ彦は、『古事記』によると、畝傍(うねび)の橿原の宮で天下を治めました

『日本書紀』では、アマテラスが夢で「頭八咫烏を送ろう。道案内にしなさい」と告げ、カラスが空からまいおりてきました。
まとめ
- ヤタガラスは、カムヤマトイハレ彦(のちの神武天皇)の「東征」で、熊野から大和への道案内をしたカラス
- 『古事記』では高木の神が、『日本書紀』ではアマテラスが夢で送ると告げた
- 道案内だけでなく、大和の豪族のもとへの使いもした
- 『古事記』『日本書紀』の該当箇所には、足の数は書かれていない
- 『日本書紀』では、金色のトビが弓の先にとまって光り、敵の目をくらませた
- 日本神話の全体は日本神話の入門へ。熊野に剣をとどけたタケミカヅチ、同じ『古事記』中巻の、鳥の声で話しはじめた皇子ホムチワケ、神武天皇の祖母トヨタマヒメもどうぞ
参考文献
- 『古事記』武田祐吉訳. 中の卷「一、神武天皇」(東征、速吸の門、イツセの命、熊野から大和へ、久米歌). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/001518/card51732.html (閲覧日:2026年10月10日)
- 『古事記』中卷(原文、地名の確認に使用). ウィキソース. https://zh.wikisource.org/wiki/古事記/中卷 (閲覧日:2026年10月10日)
- 『日本書紀』卷第三(神日本磐余彦天皇 神武天皇). ウィキソース. https://zh.wikisource.org/wiki/日本書紀/卷第三 (閲覧日:2026年10月10日)
- 月岡芳年「大日本史略図会 第一代 神武天皇」1880年. Wikimedia Commons, File:Portrait-Emperor-Jimmu-by-Tsukioka-Yoshitoshi-1880.png(パブリックドメイン). https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Portrait-Emperor-Jimmu-by-Tsukioka-Yoshitoshi-1880.png (閲覧日:2026年10月10日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。



