
プレ男タケミカヅチって、名前からして強そう! 雷の神さま?

メル美剣の神さまでもあるんだって。国ゆずりで、大国主のところへ交渉に行った神さまだよ。
こんにちは、Dr. Taro です。 神さまの解説、今回は日本神話のタケミカヅチです。『古事記』(武田祐吉訳、青空文庫)と『日本書紀』巻第二(ウィキソース)を読み、鹿島神宮と春日大社の公式サイトも確かめました。日本神話の全体は日本神話の入門へ。

「春日鹿曼荼羅」14世紀後半、日本。掛け軸、絹本着色。メトロポリタン美術館所蔵(パブリックドメイン)。春日大社の神の使いとされる鹿をえがいた絵です
プロフィール
| 名前 | タケミカヅチノヲ。またの名をタケフツ、トヨフツ(『古事記』)。『日本書紀』では武甕槌神 |
| 生まれ | イザナギが火の神カグツチを斬ったとき、剣のもとについた血が岩にとびちって生まれた |
| 父(『古事記』の国ゆずりの段) | 天の石屋にいるアメノヲハバリ(イツノヲハバリ)の神 |
| 役目 | 天の神の使いとして、出雲で国ゆずりをせまる |
| 剣 | 国をしずめた剣「フツノミタマ」。いまは石上神宮にあると『古事記』は書く |
| まつる神社 | 鹿島神宮(茨城県)、春日大社(奈良県)など |
1. 剣の血から生まれる
- 『古事記』によると、妻イザナミが火の神カグツチを生んで亡くなったあと、イザナギは長い剣をぬいて、カグツチの首を斬りました(くわしくはイザナギとイザナミ)
- 剣の先についた血から、イハサク・ネサク・イハヅツノヲの神が、そして剣のもとのほうについた血が岩にとびちって、ミカハヤビ・ヒハヤビ、そしてタケミカヅチノヲの神が生まれました
- またの名はタケフツ、トヨフツ。『古事記』は、この8柱を「御剣によって出現した神」とまとめています

メル美剣から生まれた神さまだから、剣の神さまなんだ。
2. 剣の切っ先にあぐらをかく
『古事記』の「国ゆずり」の段です(くわしくは大国主)。
- アマテラスは、地上の国(葦原の中つ国)を自分の子に治めさせようと、使いを送りますが、うまくいきません。そこで神々は「天の石屋のアメノヲハバリの神か、その子のタケミカヅチの神を」と言い、アメノヲハバリは「わたくしの子のタケミカヅチを」と答えました
- タケミカヅチは、アメノトリフネの神をともなって、出雲のイザサの小浜におりました
- そして、長い剣をぬいて、波の上にさかさに突き立て、その切っ先にあぐらをかいて、大国主にたずねます。「アマテラスと高木の神の仰せで、問いに来た。あなたの治める国は、わが御子が治めるべき国だとの仰せだ。あなたの心はどうか」
- 大国主は、「わたくしからは何とも申しません。子のコトシロヌシが答えるべきですが、ミホの岬に、鳥や魚をとりに行っています」と答えました。よびよせられたコトシロヌシは「この国は、つつしんで天の神の御子にさしあげなさい」と言って、船をふみかたむけ、青い垣の中にかくれました

プレ男波の上の剣の先にすわって交渉…! 迫力がすごい。
3. タケミナカタとの力くらべ
- 大国主は「もうひとり、子のタケミナカタがいます」と言います。そこへタケミナカタが、大きな石を手の上にさしあげてやってきました。「だれだ、わしの国に来て、ひそひそ話をしているのは。力くらべをしよう。わしが先に、その手をつかむぞ」
- タケミカヅチが手をとらせると、その手は「立っている氷のよう」になり、また「剣の刃のよう」になりました。タケミナカタはおそれてしりぞきます
- こんどはタケミカヅチがタケミナカタの手をとると、「若い葦をつかむように、つかみつぶして投げ」たので、タケミナカタはにげだしました
- タケミカヅチは追いかけ、信濃の国の諏訪の湖まで追いつめます。タケミナカタは「どうか殺さないでください。この土地のほかには行きません。父の言葉にもそむきません。この国はさしあげます」と言いました
- 大国主も国をゆずり、「わたしの住まいを、天の御子の宮殿のように、太い柱で、高く作ってくだされば、わたしはかくれていましょう」と答えます。タケミカヅチは天にかえり、地上の国をしずめたことを報告しました
4. 『日本書紀』では2柱の神
- 『日本書紀』巻第二の本文では、神々がまず経津主神(フツヌシ)をえらびます。すると武甕槌神が進み出て、「どうして経津主神だけが勇者で、わたしは勇者ではないのか」と、はげしい口調で言いました。そこで2柱がいっしょに地上へ送られます
- 2柱は出雲の五十田狭(いたさ)の小汀におり、十握(とつか)の剣をさかさに地に突き立てて、その切っ先にすわって、大己貴神(大国主)に問いかけました
- 大己貴神は、国をしずめたときについていた広矛を2柱にわたし、「天孫がこの矛で国を治めれば、かならず平安になるでしょう」と言って、かくれました
5. 神武天皇にとどけた剣
- 『古事記』によると、のちにカムヤマトイハレ彦(神武天皇)の軍が東へ向かう途中(ヤタガラスと神武東征)、熊野で気をうしなったとき、天の神々は、ふたたびタケミカヅチを地上へ送ろうとしました
- タケミカヅチは「わたくしがおりなくても、そのとき国をしずめた大刀があるので、これをおろしましょう」と答え、熊野のタカクラジの夢にあらわれて、倉の屋根に穴をあけて剣をおとしました
- その剣を受けとると、熊野の悪い神々はひとりでに斬りたおされ、軍はめざめました。剣の名はサジフツ、またの名をミカフツ、フツノミタマといい、「いまは石上神宮にあります」と『古事記』は書いています
- 鹿島神宮の公式サイトは、この剣を「韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)」として紹介し、鹿島神宮の古文書(鎌倉時代の『鹿島宮社例伝記』)が、神武天皇の即位の年に、天皇がタケミカヅチに感謝して鹿島の地にまつったと伝えている、と説明しています
6. 鹿島から春日へ
- 春日大社の公式サイトによると、奈良時代の神護景雲2年(768年)、称徳天皇の命で、武甕槌命・経津主命・天児屋根命・比売神の本殿がつくられました
- 同じサイトは、「奈良時代に神様が常陸国から御蓋山へお越しになる時、白鹿にお乗りになって来られた」ことから、春日の鹿は神のお供、神の使いとして大切にされるようになった、と説明しています。上の絵の鹿は、この春日の鹿です

『古事記』のタケミカヅチは、剣を波の上にさかさに立て、その切っ先にあぐらをかいて、大国主に国ゆずりをせまりました。
まとめ
- タケミカヅチは、イザナギが火の神を斬った剣の血から生まれた神
- 出雲の浜で、剣の切っ先にあぐらをかいて、大国主に国ゆずりをせまった
- 力くらべでタケミナカタの手を「若い葦のように」つかみつぶし、諏訪まで追いつめた
- 『日本書紀』では経津主神とならぶ2柱の使い
- 神武天皇には、国をしずめた剣フツノミタマをとどけた。いまは鹿島神宮・春日大社などにまつられている
- 日本神話の全体は日本神話の入門へ。大国主、タケミカヅチの前に天からつかわされた天若日子、国ゆずりのあとのコノハナサクヤヒメもどうぞ
参考文献
- 『古事記』武田祐吉訳. 上卷「黄泉の國」(カグツチを斬る段)、「國讓り」; 中の卷「神武天皇」の「熊野から大和へ」. 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/001518/card51732.html (閲覧日:2026年10月10日)
- 『日本書紀』卷第二(神代下)第九段本文. ウィキソース. https://zh.wikisource.org/wiki/日本書紀/卷第二 (閲覧日:2026年10月10日)
- 鹿島神宮. 武甕槌大神と韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ). https://kashimajingu.jp/about/%e6%ad%a6%e7%94%95%e6%a7%8c%e5%a4%a7%e7%a5%9e%e3%81%a8%e9%9f%b4%e9%9c%8a%e5%89%a3%ef%bc%88%e3%81%b5%e3%81%a4%e3%81%ae%e3%81%bf%e3%81%9f%e3%81%be%e3%81%ae%e3%81%a4%e3%82%8b%e3%81%8e%ef%bc%89/ (閲覧日:2026年10月10日)
- 春日大社. 春日大社について(ご由緒、世界一大切にされる神鹿). https://www.kasugataisha.or.jp/about/ (閲覧日:2026年10月10日)
- メトロポリタン美術館. Kasuga Deer Mandala (Kasuga shika mandara zu), late 14th century(2015.300.11、パブリックドメイン). https://www.metmuseum.org/art/collection/search/53187 (閲覧日:2026年10月10日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。



