
プレ男端午の節句って、日本の「こどもの日」だよね。中国ではどんな日だったの?

メル美古い本では「浴蘭節」ともよばれて、舟の競争をしたんだって。そのいわれは、ある詩人をすくいに行くためなの。
こんにちは、Dr. Taro です。 神話の解説、今回は中国の『荊楚歳時記』の寒食と端午です。南の荊楚の国の年中行事を記した『荊楚歳時記』(宗懍撰、杜公瞻注)の原文(ウィキソース)の、寒食と5月5日の条を読みました。同じ本のお正月の話は『荊楚歳時記』のお正月へ。屈原がつくったとされる歌は『楚辞』九歌の神々へ。
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| 行事 | 本文と注の説明 |
|---|---|
| 寒食 | 冬至から105日め。はげしい風雨がある。3日のあいだ火を禁じ、あめと大麦のかゆをつくる |
| 寒食のいわれ | 注によると、介子推が3月5日に火でなくなったのを、国の人々がいたんだため |
| 浴蘭節(端午) | 5月5日。百草をふむあそび、ヨモギの人形を門にかけ、ショウブを酒にうかべる |
| 競渡(舟の競争) | 注によると、屈原が汨羅に身を投げた日で、それをすくおうと舟を出したため |
| 五色の糸 | うでに五色の糸をむすび「辟兵」とよんだ |
1. 火を使わない日
- 『荊楚歳時記』は書いています。「冬至から105日めには、はげしい風と大雨がある。これを寒食といい、3日のあいだ火を禁じ、あめと大麦のかゆをつくる」
- 杜公瞻の注は、そのいわれを説明しています。「介子推は3月5日に火でなくなった。国の人々はそれをいたみ、毎年、春のおわりに火をおこさない。これを禁烟といい、禁をやぶると、ひょうがふって畑をいためる」
- 注は、後漢の周挙が、「春の1か月も冷たいものを食べるのは、年よりや子どもにはたえられない。これからは3日だけにせよ」と、介子推の廟に書を送った話も伝えています
2. 介子推
- 注にひく『琴操』では、介子推(介子綏)は、晋の文公とともに国の外をさまよい、文公をささえた人でした
- 文公が国にもどると、介子推だけが何ももらえず、「竜蛇の歌」をつくって、身をかくしました。文公がさがしても出てこないので、文公はまわりの木に火をつけましたが、介子推は木をだいたまま、なくなりました。文公はそれを悲しみ、火をおこすことを禁じた、と『琴操』は伝えます
- ただし注は、「『左伝』や『史記』には、介子推が焼かれたという話はない」とも書きそえています

メル美つくした人をいたんで、みんなで火を使わない日をつくったんだ…。それほど大切に思われていたんだね。
3. 浴蘭節
- 「5月5日を、浴蘭節という。人々はみな百草をふむあそびをし、ヨモギをとって人の形にし、門にかけて、毒気をはらう。ショウブをきざんだり、くだいたりして、酒にうかべる」
- 注によると、『大戴礼』に「5月5日には、ランをたくわえて、湯あみをする」とあり、それで「浴蘭節」とよび、また「端午」ともよぶ、とされます
- 注は、ヨモギをトラの形にしたり、色紙で小さなトラをつくってヨモギの葉をはり、身につけたりしたことも伝えています
4. 舟の競争と屈原
- 「この日、舟の競争をし、いろいろな薬草をとる」
- 注は書いています。「5月5日の舟の競争は、世間では、屈原が汨羅に身を投げた日とされ、その死をいたんで、みなで舟をこいで、すくいに行ったのだという」
- 軽くて速い舟を「飛鳧(とぶカモ)」とよび、「水車」「水馬」とよぶこともあり、州の長も土地の人も、みな水辺に出て見物した、と書かれています
- ただし注は、「東呉では、伍子胥をむかえる祭りだという話もあり、屈原とは関係がない」「越王勾践からはじまったともいう。くわしくはわからない」と、ほかの説もならべています

プレ男いわれにもいろんな説があるって、ちゃんと書いてあるんだ。むかしの人も、ことの起こりをくらべて考えていたんだね。
5. 五色の糸
- 「五色の糸をうでにむすび、『辟兵』とよぶ」と本文にあります
- 注によると、この糸は「長命縷」「続命縷」「五色糸」など、たくさんの名でよばれました。赤・青・白・黒を四方に、黄をまんなかにする、と書かれています

『荊楚歳時記』の注では、5月5日の舟の競争は、屈原が汨羅に身を投げた日として、そのいたみから舟を出してすくいに行ったもの、と伝えられています。ほかの説もならべてあります。
まとめ
- 冬至から105日めの「寒食」は、3日のあいだ火を禁じる日。注は、火でなくなった介子推をいたむためと伝える
- 5月5日の「浴蘭節(端午)」には、ヨモギの人形を門にかけ、ショウブを酒にうかべた
- 5月5日の舟の競争は、汨羅に身を投げた屈原をすくうためと伝えられるが、注は伍子胥や越王勾践の説もならべている
- うでには五色の糸をむすんだ
- 同じ本のお正月と七夕の牽牛と織女、屈原の作とされる『楚辞』九歌の神々もどうぞ
- 秋と冬の行事は『荊楚歳時記』の秋と冬へ
参考文献
- 宗懍(撰)・杜公瞻(注)『荊楚歲時記』(寒食の条、五月五日浴蘭節の条、競渡の条、五綵絲の条). ウィキソース. https://zh.wikisource.org/wiki/荊楚歲時記 (閲覧日:2026年10月12日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。

