
プレ男歌で雲をとめるって、どんな歌声なの!?

メル美『列子』には、音楽の名人の話がいくつもあるんだって。歌声で雲をとめた人もいるのよ。
こんにちは、Dr. Taro です。 神話の解説、今回は中国『列子』の歌と琴の名人たちです。思想書『列子』の湯問篇の原文(ウィキソース)を読みました。同じ湯問篇の、歌っておどる人形の話偃師のからくり人形もどうぞ。中国神話の全体は中国神話の入門へ。
プロフィール
| 名人 | 得意 | ふしぎなこと |
|---|---|---|
| 秦青(しんせい) | 歌の師 | 歌声が林の木々をふるわせ、流れる雲をとめた |
| 薛譚(せつたん) | 秦青の弟子 | すべて学んだと思いこみ、帰ろうとした |
| 韓娥(かんが) | 歌 | 歌声が去ったあとも3日、梁のまわりにのこった |
| 伯牙(はくが) | 琴をひく | 心に思ったことを、琴で表した |
| 鍾子期(しょうしき) | 聞く | 伯牙の思いを、いつも言いあてた |
1. 雲をとめた歌声
- 薛譚は、秦青に歌を学んでいました。けれども、師のわざをまだ学びつくしていないのに、すべて身につけたと思いこみ、別れをつげて帰ろうとしました
- 秦青はとめず、町はずれの四つ角で送別の宴をひらきました。そして、ひょうしをとりながら、悲しい歌を歌いました。その声は林の木々をふるわせ、その響きは、流れる雲をとめました
- 薛譚はあやまって、もどらせてほしいとたのみ、一生、帰るとは言いませんでした

メル美ことばでしかるんじゃなくて、歌で「まだまだだよ」って伝えたんだね。
2. 3日のこった歌声
- 秦青は、友人にこんな話をしました。むかし、韓娥という人が、東の斉の国へ行くとちゅうで食べものがつき、雍門(ようもん)というところで、歌を歌って食べものをもらいました
- 韓娥が去ったあとも、のこった歌声が梁(はり)のまわりをめぐって、3日のあいだたえなかったので、まわりの人は、韓娥がまだそこにいると思ったほどでした
- 宿屋で、韓娥は宿の人にはずかしめられました。韓娥が、長くひく声で悲しく泣くと、村じゅうの年よりも子どもも悲しくなり、涙をながして向かいあい、3日のあいだ食事ものどを通りませんでした
- 人々があわてて韓娥を追いかけ、つれもどすと、韓娥はまた、長くひく声で歌いました。すると、村じゅうの年よりも子どももよろこんでとびはね、手をうっておどり、さっきの悲しみをわすれてしまいました。人々は、たくさんのおくりものをして、韓娥を送りだしました
- それで、雍門の人々は、いまも歌ったり泣いたりするのが上手で、韓娥ののこした声をまねているのだ、と書かれています
3. 伯牙と鍾子期
- 伯牙は琴をひくのが上手で、鍾子期は聞くのが上手でした
- 伯牙が、高い山にのぼることを思って琴をひくと、鍾子期は言いました。「いいなあ! 高くそびえて、泰山のようだ!」。流れる水を思ってひくと、「いいなあ! ゆたかにみちて、長江や黄河のようだ!」
- 伯牙が思ったことを、鍾子期はかならず言いあてました
- あるとき、伯牙は泰山の北で、とつぜんの大雨にあい、岩かげで雨やどりをしました。悲しい気持ちになって琴をひき、はじめは長雨の曲を、つぎに山がくずれる音の曲をつくりました。鍾子期は、曲をひくたびに、その心をすべて読みとりました
- 伯牙は琴をおいて、ため息をつきました。「すばらしい、すばらしい、あなたの聞く力は! あなたの思いえがくものは、わたしの心そのものだ。わたしは、音のどこににげればいいのだろう」

プレ男自分の気持ちを、音だけで全部わかってくれる人…。そんな友だちがほしいな。

『列子』では、韓娥が去ったあとも、のこった歌声が梁のまわりをめぐって3日のあいだたえず、まわりの人は韓娥がまだいると思ったほどでした。
まとめ
- 秦青の歌声は、林の木々をふるわせ、流れる雲をとめた。弟子の薛譚は、帰るのをやめた
- 韓娥の歌声は、去ったあとも3日のあいだ梁のまわりにのこり、村の人を泣かせも、おどらせもした
- 琴の名人伯牙の思いを、聞き手の鍾子期はいつも言いあてた
- 同じ湯問篇の偃師のからくり人形、愚公、山を移す、五つの神山と巨大なカメもどうぞ
参考文献
- 『列子』卷第五 湯問篇(薛譚と秦青、韓娥、伯牙と鍾子期の条). ウィキソース. https://zh.wikisource.org/wiki/列子/湯問篇 (閲覧日:2026年10月10日)
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