
プレ男「愚公山を移す」って、どんな話? 山を動かすなんて、むちゃだよね?

メル美『列子』っていう中国の古い本のお話なんだって。むちゃに見えて、じつは考えがあるの。
こんにちは、Dr. Taro です。 神話の解説、今回は中国の「愚公、山を移す」です。中国の古典『列子』巻第五・湯問篇の原文(ウィキソース)を読みました。同じ湯問篇には、太陽を追いかけた夸父の話ものっています。中国神話の全体は中国神話の入門へ。

王翬(おうき)「太行山の色」(英題 The Colors of Mount Taihang、部分)1669年。巻物、絹に墨と色。メトロポリタン美術館所蔵(パブリックドメイン)。愚公の前に立ちはだかったのは、この太行山でした
プロフィール
| 愚公 | 北山にすむ、90歳ちかい老人 |
| じゃまな山 | 太行山と王屋山。広さ700里、高さ1万仞 |
| 運び先 | 渤海のはし、隠土の北 |
| ばかにした人 | 河曲の智叟(ちえのある老人) |
| たすけた神 | 天帝の命をうけた夸蛾氏(かがし)の2人の子 |
1. 山をたいらにしよう
- 太行山と王屋山は、広さ700里、高さ1万仞で、もとは冀州の南、黄河の北にありました
- 北山の愚公は、もうすぐ90歳。山にむかってくらしていましたが、山が北をふさいで、出かけるたびに遠まわりしなければなりません
- 愚公は家族をあつめて言いました。「みんなで力をつくして、けわしい山をたいらにし、まっすぐ南へ道をとおそう。どうだ」。家族は口々に賛成しました
- 妻だけは心配しました。「あなたの力では、小さな丘ひとつけずれないのに、太行山や王屋山をどうするの。それに、土や石をどこにおくの」。みんなは答えました。「渤海のはしに捨てよう」
2. 子どもも手伝う
- 愚公は、荷をかつげる子や孫3人をつれて、石をうち、土をほり、もっこで渤海のはしまで運びました
- となりの家のやもめの、歯がはえかわりはじめたばかりの男の子も、とびはねて手伝いにきました
- 「冬と夏がいれかわって、やっと1往復」でした

メル美1往復に半年! 気が遠くなるね…。
3. 智叟と愚公
- 河曲の智叟が、わらって止めました。「あまりにおろかだ。のこり少ない命と力では、山の毛1本もけずれまい。土や石をどうするのだ」
- 愚公は長いため息をついて答えました。「あなたの心のかたさは、どうにもならない。やもめや小さな子にもおよばない」
- 「わしが死んでも、子がいる。子はまた孫を生み、孫はまた子を生む。子にはまた子があり、子にはまた孫がある。子々孫々、つきることはない。ところが山は、これ以上ふえはしない。どうしてたいらにならないことがあろうか」
- 智叟は、答えることができませんでした

プレ男「山はふえない、こっちはふえる」! 「愚公(おろかな老人)」と「智叟(かしこい老人)」で、ほんとうにかしこいのはどっちなんだろう。
4. 天帝の心を動かす
- ヘビをもつ山の神がこれを聞き、愚公がやめないのをおそれて、天帝に申しあげました
- 「天帝は、その誠の心に感じ入り、夸蛾氏の2人の子に命じて、2つの山を背負わせ、ひとつは朔方の東に、ひとつは雍州の南においた」
- 「それからは、冀州の南、漢水の北には、さえぎる丘もなくなった」

『列子』では、愚公の「子々孫々つづければ、山はたいらになる」という誠の心に天帝が感じ入り、夸蛾氏の2人の子に山を背負って運ばせました。
まとめ
- 愚公は、家の前の太行山・王屋山をたいらにしようとした90歳ちかい老人
- 家族や近所の子どもと、土と石を渤海のはしまで運んだ
- わらう智叟に、「子々孫々つづければ、ふえない山はいつかたいらになる」と答えた
- その心に天帝が感じ入り、夸蛾氏の2人の子に山を運ばせた
- 同じ湯問篇の、人間そっくりの人形の話偃師のからくり人形、カメがささえる仙人の山五つの神山、夸父と精衛、大地の水をおさめた禹、中国神話の入門もどうぞ
参考文献
- 『列子』卷第五 湯問篇(愚公移山の条). ウィキソース. https://zh.wikisource.org/wiki/列子/湯問篇 (閲覧日:2026年10月10日)
- メトロポリタン美術館. Wang Hui, The Colors of Mount Taihang, dated 1669(1978.423、パブリックドメイン). https://www.metmuseum.org/art/collection/search/49151 (閲覧日:2026年10月10日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。



