
プレ男空が落ちてきたらどうしよう…って、考えたことある?

メル美中国の『列子』という本に、本気でそれを心配した人の話があるんだって。
こんにちは、Dr. Taro です。 神話の解説、今回は中国の『列子』にある「杞の国の人の心配」です。思想書『列子』の天瑞篇の原文(ウィキソース)を読みました。同じ『列子』の湯問篇の愚公、山を移すや五つの神山と巨大なカメもどうぞ。中国神話の全体は中国神話の入門へ。
プロフィール
| 心配した人 | 杞(き)の国の人 |
| 心配のたね | 天がくずれ落ち、地がこわれたら、身のおき場所がない |
| なぐさめた人 | 心配する人を、さらに心配した人 |
| 笑った人1 | 長廬子(ちょうろし):「天地も、いつかはこわれる」 |
| 笑った人2 | 列子:「こわれるか、こわれないか、わたしにはわからない」 |
1. ねむれないほどの心配
- 「杞の国に、天地がくずれ落ちて、身をよせる場所がなくなるのを心配し、ねることも食べることもやめてしまった人がいた」
- すると、「その人の心配を心配する人」がいて、わざわざ出かけていって、言い聞かせました
2. 「天は、気がつもったもの」
- 「天は、気がつもったものにすぎない。気のないところはない。きみは、体をのばしたりちぢめたり、息をすったりはいたりして、一日じゅう天の中で動いたり止まったりしている。どうして、くずれ落ちるのを心配するのか」
- 心配する人は言いました。「天がほんとうに気がつもったものなら、日や月や星は、落ちてこないのか」
- 「日も月も星も、つもった気の中で、光っているものにすぎない。たとえ落ちてきても、人をきずつけることはない」
- 「では、地がこわれたらどうする」——「地は、土のかたまりがつもったものにすぎない。四方をうめつくしていて、かたまりのないところはない。きみは一日じゅう、地の上を歩いたりふんだりしている。どうして、こわれるのを心配するのか」
- 心配していた人は、心がはれて大よろこびし、言い聞かせた人も、心がはれて大よろこびしました

メル美「きみは毎日、天の中で息をしてるでしょ」って、やさしい言い方だね。心配している人を心配して、わざわざ来てくれたんだ。
3. 長廬子の笑い
- ところが、長廬子がこれを聞いて笑いました
- 「虹も、雲や霧も、風や雨も、四季も、気がつもって天になったものだ。山も、川や海も、金や石も、火や木も、形がつもって地になったものだ。つもった気、つもったかたまりだと知りながら、どうして、こわれないと言えるのか」
- 「天地は、むなしい空間の中の小さなもののひとつで、あるものの中ではいちばん大きなものだ。……そのこわれるのを心配するのは、まことに先のことすぎる。けれども、こわれないと言うのも、正しくない。天地もこわれずにはいられないなら、いつかはこわれる。そのときにあたったら、どうして心配しないでいられよう」

プレ男せっかく安心したのに…! 「いつかはこわれる」って言われたら、また心配になっちゃう。
4. 列子の笑い
- さいごに、列子がこれを聞いて笑いました
- 「天地がこわれると言うのもまちがいだし、こわれないと言うのもまちがいだ。こわれるか、こわれないか、わたしにはわからない」
- 「生きている者は死を知らず、死んだ者は生を知らない。来る者は去ることを知らず、去る者は来ることを知らない。こわれるか、こわれないか、どうしてわたしが心をわずらわせることがあろう」

『列子』では、列子は「天地がこわれると言うのもまちがい、こわれないと言うのもまちがい。こわれるか、こわれないか、わたしにはわからない」と笑っています。
まとめ
- 杞の国の人は、天がくずれ、地がこわれるのを心配して、ねむれず食べられなくなった
- 友は「天は気がつもったもの、地は土のかたまりがつもったもの」と言ってなぐさめ、ふたりはよろこんだ
- 長廬子は「天地もいつかはこわれる」と笑った
- 列子は「こわれるか、こわれないか、わたしにはわからない。どうして心をわずらわせようか」と笑った
- 同じ『列子』の愚公、山を移す、五つの神山と巨大なカメ、天のやぶれをつくろった女神女媧もどうぞ
参考文献
- 『列子』天瑞篇(杞國の人の条). ウィキソース. https://zh.wikisource.org/wiki/列子/天瑞篇 (閲覧日:2026年10月12日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。


