
メル美今回は、真っ昼間の駅で起きる怪談なんだって。

プレ男夜でもお墓でもなく、人でいっぱいの駅?それがこわいの?
今回は、岡本綺堂の短編「停車場の少女」です。青空文庫の本文(底本:原書房『異妖の怪談集 岡本綺堂伝奇小説集 其ノ二』)で読みました。初出は『講談倶楽部』1925年(大正14年)5月です。本文中の「」の言葉は、青空文庫の本文からの引用です。
※この作品には、若い人が急に亡くなる話が出てきます。
「嘘らしいように思召すかも知れませんが」
- 話し手は、もう三人の子持ちのMの奥さん。まだ女学校に通っていた若いころ、「あとにも先にもたった一度」出会った不思議な出来事を語ります
- 「今の若い方たちには立派に解釈がついていらっしゃるかも知れません」とことわりながらも、自分がその場に立ちあったのだから、嘘や作り話でないことだけは受けあう、と前置きします
湯河原へのお見舞い
- 日露戦争が終わってまもないころ。仲よしの水沢継子さんに、日曜日に湯河原へ行かないかと誘われます
- 継子さんの「お兄さん」の不二雄さんは陸軍中尉で、奉天の戦いで負傷し、すっかり治ったあと、2月のはじめから湯河原で転地療養をしていました。じつは本当の兄ではなく従兄妹どうしで、ゆくゆくは結婚する人です
- わたくしは「どうしてもお供という形」だと感じながらも、2月下旬ののどかな日、新橋から汽車に乗り、春の海をながめながら湯河原へ。宿で2晩泊まり、火曜日の朝に帰る約束でした
雨の朝の別れ
- 火曜日の朝は霧のような小雨。継子さんは、雨ならもう1日いたいようすです。わたくしは、それが不二雄さんのそばを離れがたい気持ちからだと察します
- それでも、両親との約束どおり帰らなければ、とわたくしはゆずりません。いっしょに帰るという継子さんを無理にことわり、ひとりで宿を出ました
- 停車場まで見送りにきた継子さんは、「なんだか謝まるような口ぶり」で、何度もあいさつをしていました
国府津の改札口で
- 人車鉄道で小田原へ、そこから電車で国府津へ。母にたのまれた小田原みやげの梅干を買い、東京行きの汽車を待ちます。雨はあがり、春の日がさしこんできました
- 改札口があいて、人の列にまじって進んでいたとき、どこからともなく声が聞こえます。「継子さんは死にました。」
- ふりかえっても知った顔はない。すると、もう一度、耳のそばでささやくように「継子さんは死にましたよ。」
- 左に並んでいたのは、15、6の娘。色が白く細おもてで、左の眼に白い曇りのある、どちらかといえば美しい顔だち。紡績絣のような綿入れに、紅いメレンス(メリンス)の帯。その娘が、じっとわたくしの顔を見ているようなのです
- 「継子さんが亡くなったのですか」と思わず聞きかえすと、娘はだまってうなずいたように見えた。ところが改札口をぬけてふりかえると、娘の姿はどこにもありません

プレ男となりに並んでいたのに、改札を出たら消えてる…!
汽車に乗れない
- 今朝別れたばかりの継子さんが死ぬはずがない。お天気のいい真っ昼間、駅の人ごみで、そんなことがあるはずがない——わたくしは、まっすぐ東京へ帰ると決めます
- ところが、東京行きの列車が着いて、いざ乗りこむとなると、なぜか継子さんのことがひどく不安になる。迷っているうちに、汽車はわたくしを置いて出ていってしまいました
- わたくしは、小田原行きの電車で湯河原へ引きかえします
食卓の上の手紙
- 宿にもどると、継子さんは本当に亡くなっていました
- わたくしが発ったあと、継子さんは、雨のためにもう1日泊まるという電報を家に送り、食卓で手紙を書きはじめました。わたくしにあてて、ひとりだけ先に帰した言いわけを長々と書いた手紙です
- 不二雄さんが風呂場から帰ってくると、継子さんは食卓にうつぶせになっていて、それきり息をふきかえしませんでした。医者の診断は心臓麻痺。前の年に脚気になったことがあったので、それが原因かもしれない、と奥さんは言います
- 不二雄さんは、わたくしを追いかける余裕などなかった。宿も使いを出していない。では、駅で声をかけた娘はだれだったのか。「娘が教えてくれなかったら、わたくしはなんにも知らずに東京へ帰ってしまったでしょう」
- 継子さんの手紙は、すっかり書きあげられ、封筒に入れたまま、食卓の上に置いてありました——物語はここで終わります

メル美最後に残っていたのが、継子さんの「言いわけの手紙」なのが切ない…。
読みどころ
- こわさの舞台が、明るい昼間の駅:雨あがりの春の日ざし、混みあう待合室、改札口の人の列。にぎやかな場所だからこそ、耳もとのささやきと、消えた娘がきわだちます
- 正体は最後まで明かされない:娘がだれなのか、なぜ知らせてくれたのか、作中ではわかりません。Mの奥さん自身も「それがどうも判りません」と語りおえます
- 小さなすれちがい:帰りたいわたくしと、もう1日いたい継子さん。気をつかいあった朝の別れが、二度と会えない別れになり、謝りの手紙だけが残る。綺堂の河鹿と同じく、こわさのあとに悲しさがのこる話です

Mの奥さんは、不思議な娘の正体について最後まで「それがどうも判りません」と語ります。綺堂は、正体を説明しないまま物語を閉じています。
まとめ
- 「停車場の少女」は岡本綺堂の短編。初出は『講談倶楽部』1925年5月
- 日露戦争後、湯河原で療養する許婚を見舞った親友の継子さんを残し、ひとりで帰る女学生
- 国府津の停車場の改札口で、「継子さんは死にましたよ」とささやく、左の眼に白い曇りのある娘。ふりかえると姿はない
- 汽車に乗れず引きかえすと、継子さんは本当に亡くなっていた。食卓には、わたくしにあてた言いわけの手紙
- 綺堂の離魂病、指輪一つ、木曽の旅人もどうぞ
参考文献
- 岡本綺堂. 停車場の少女(底本:『異妖の怪談集 岡本綺堂伝奇小説集 其ノ二』原書房、1999年). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000082/card45544.html (閲覧日:2026年10月22日)
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