船橋屋:1805年(文化2年)、下総国船橋出身の勘助が亀戸天神の参道で創業。関東の「くず餅」は葛ではなく小麦澱粉が原料で、船橋屋は15か月かけて乳酸菌で発酵させる。看板は吉川英治の書
船橋屋の公式サイト「船橋屋について」「会社情報」「元祖くず餅について」によると、船橋屋は文化2年(1805年)、十一代将軍徳川家斉のころ、下総国(千葉県北部)の船橋出身の初代・勘助が亀戸天神の参道に創業しました。屋号は出身地の地名からとっています。勘助は、湯で練った小麦澱粉をせいろで蒸し、黒蜜ときな粉をかけた餅を作り、それが「くず餅」と呼ばれて江戸の名物になったと会社は説明しています。関東のくず餅は、葛を原料とする関西の葛餅とちがって小麦澱粉が原料で、船橋屋は小麦澱粉を15か月間、乳酸菌で発酵させて熟成させています。戦災で本店は焼けましたが、1952年に有限会社となり、1953年に亀戸天神前本店が完成しました。本店の看板は吉川英治が書いたものだと紹介しています。

メル美亀戸天神の近くの「船橋屋」のくず餅、駅の売店でも見かけるよね。

プレ男東京のお店なのに、名前が「船橋」なのはなんでだろう?
今回は、亀戸の「船橋屋」です。公式サイトの「船橋屋について」「会社情報」「元祖くず餅について」(2026年10月10日閲覧)で確認した内容をまとめました。
1805年、亀戸天神の参道で
- 船橋屋は文化2年(1805年)、十一代将軍徳川家斉のころに創業しました
- 初代の勘助は、下総国(千葉県北部)の船橋の出身で、屋号は出身地の地名からとっています
- 当時の下総国は、良質な小麦の産地だったと説明しています
- 勘助は、亀戸天神が梅や藤の季節に参拝客でにぎわうのを見て、参道に店を開きました

プレ男「船橋」は、初代のふるさとの名前だったんだ。
「くず餅」なのに小麦
- 勘助は、湯で練った小麦澱粉をせいろで蒸し、黒蜜ときな粉をかけた餅を作りました。それが「くず餅」と名づけられ、江戸の名物になったと会社は説明しています
- 関東のくず餅は、葛を原料とする関西の葛餅とちがい、小麦澱粉が原料です
- 船橋屋は、小麦粉から分けた小麦澱粉を、15か月かけて乳酸菌で発酵させて熟成させています

メル美関東のくず餅と関西の葛餅は、原料からちがうんだね。
江戸の名物から、戦災をこえて
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1805年 | 初代・勘助が亀戸天神の参道に創業。五代目まで個人経営 |
| 明治のはじめ | かわら版「大江戸風流くらべ」で、江戸名物として「亀戸くず餅・船橋屋」が番付される |
| 1945年3月 | 明治中期に建てた本店が戦災で焼失 |
| 1952年10月 | 有限会社船橋屋を設立 |
| 1953年4月 | 亀戸天神前本店が完成(戦後復興) |
- 会社は、関東大震災や戦災をこえても、発酵させた澱粉だけは被害をまぬがれたと説明しています
文化人と看板
- 本店には、芥川龍之介、永井荷風、吉川英治らも足を運んだと紹介しています
- 本店の大看板は吉川英治が書いたもので、船橋屋の黒蜜がきっかけだったと説明しています

船橋屋の公式サイトによると、1805年に船橋出身の勘助が亀戸天神の参道で創業しました。関東のくず餅は小麦澱粉が原料で、船橋屋は15か月かけて発酵させています。
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日本橋の和菓子の老舗は、榮太樓總本鋪もどうぞ
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江戸から続く団子の老舗は、羽二重団子もどうぞ
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まとめ
- 船橋屋は1805年、亀戸天神の参道で創業
- 屋号は初代のふるさと船橋から
- 関東のくず餅は小麦澱粉が原料、船橋屋は15か月発酵
- 本店は戦災で焼け、1953年に再建
参考文献
- 船橋屋. 船橋屋について. https://www.funabashiya.co.jp/aboutus/history.php (閲覧日:2026年10月10日)
- 船橋屋. 会社情報. https://www.funabashiya.co.jp/aboutus/ (閲覧日:2026年10月10日)
- 船橋屋. 元祖くず餅について(素材へのこだわり). https://www.funabashiya.co.jp/products/policy01.php (閲覧日:2026年10月10日)
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