チェーン店2026年10月10日

銀座天國:1885年(明治18年)、銀座3丁目の小さな屋台から。当時の天ぷらは指でつまむファストフード。1924年に銀座8丁目へ、マッチの「ギンブラニテンプラ」が合言葉に。1985年に創業100年

銀座天國の公式サイト「天國の歴史」によると、天國は明治18年(1885年)、銀座3丁目に小さな屋台店として始まりました。当時の天ぷらはいまでいうファストフードで、揚げたてを並べるそばから客が指でつまんで食べたといいます。大正13年(1924年)2月に銀座通り沿いの8丁目角に出店し、「新橋天國」とも呼ばれ、魚河岸に通う人たちにボリュームのある天丼が評判になりました。店が配ったマッチの文句「ギンブラニテンプラ・テンクニノテンプラ」は銀ブラ族の合言葉になったと紹介しています。昭和5年(1930年)に木造2階建ての新店舗を建て、東京大空襲では焼け残り、1947年に再開しました。1984年に地上8階の本店ビルが完成し、1985年に創業100周年、2020年に本店が移転しています。

目次
  1. 1885年、銀座3丁目の屋台
  2. 「ギンブラニテンプラ」
  3. 御殿のような店、空襲をこえて
  4. まとめ

プレ男銀座の「天國」って、天丼の老舗だよね。

メル美始まりは銀座3丁目の屋台なんだって。

今回は、銀座の天ぷら店「銀座天國」です。公式サイトの「天國の歴史」(2026年10月10日閲覧)で確認した内容をまとめました。

1885年、銀座3丁目の屋台

プレ男天ぷらって、昔は屋台で手でつまむものだったんだ!

「ギンブラニテンプラ」

御殿のような店、空襲をこえて

年 できごと
1930年 新橋角のビヤホール跡に、瓦屋根の木造2階建ての新店舗。「御殿のようだ」と評判に。椅子とテーブルの本格的な天ぷら屋の始まり
戦争中 東京大空襲で焼け残ったと紹介
1947年 再開
1952年 店舗を大改造(新興数寄屋様式)
1984年 地上8階・地下1階の本店ビルが完成。割烹、しゃぶしゃぶ、会席料理も
1985年 創業100周年
2020年 本店が移転。1階は天丼・天ぷら、2階はカウンター、3階は日本料理

メル美屋台から始まって、ビルの本店になったんだね。

銀座天國の歴史によると、1885年に銀座3丁目の小さな屋台店として始まりました。当時の天ぷらは、指でつまんで食べるファストフードだったと説明しています。

まとめ


参考文献

  1. 銀座天國. 天國の歴史. https://www.tenkuni.com/history/ (閲覧日:2026年10月10日)
  2. 銀座天國. 会社概要. https://www.tenkuni.com/company-2/ (閲覧日:2026年10月10日)

この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。