銀座天國:1885年(明治18年)、銀座3丁目の小さな屋台から。当時の天ぷらは指でつまむファストフード。1924年に銀座8丁目へ、マッチの「ギンブラニテンプラ」が合言葉に。1985年に創業100年
銀座天國の公式サイト「天國の歴史」によると、天國は明治18年(1885年)、銀座3丁目に小さな屋台店として始まりました。当時の天ぷらはいまでいうファストフードで、揚げたてを並べるそばから客が指でつまんで食べたといいます。大正13年(1924年)2月に銀座通り沿いの8丁目角に出店し、「新橋天國」とも呼ばれ、魚河岸に通う人たちにボリュームのある天丼が評判になりました。店が配ったマッチの文句「ギンブラニテンプラ・テンクニノテンプラ」は銀ブラ族の合言葉になったと紹介しています。昭和5年(1930年)に木造2階建ての新店舗を建て、東京大空襲では焼け残り、1947年に再開しました。1984年に地上8階の本店ビルが完成し、1985年に創業100周年、2020年に本店が移転しています。

プレ男銀座の「天國」って、天丼の老舗だよね。

メル美始まりは銀座3丁目の屋台なんだって。
今回は、銀座の天ぷら店「銀座天國」です。公式サイトの「天國の歴史」(2026年10月10日閲覧)で確認した内容をまとめました。
1885年、銀座3丁目の屋台
- 天國は明治18年(1885年)、銀座3丁目に小さな屋台店として始まりました
- 当時の銀座は1丁目から4丁目までで、まさに銀座の真ん中だったと説明しています
- 当時の天ぷらは、いまでいうファストフードで、揚げたてを並べるそばから、お客さんが指でつまんで食べたといいます

プレ男天ぷらって、昔は屋台で手でつまむものだったんだ!
「ギンブラニテンプラ」
- 大正13年(1924年)2月、銀座通り沿いの8丁目の角に出店し、すぐ先に新橋があったことから「新橋天國」とも呼ばれました
- 汐留川ぞいに魚河岸(築地)へ通う男たちに、ボリュームたっぷりの天丼が評判だったといいます
- 店が配ったマッチの文句「ギンブラニテンプラ・テンクニノテンプラ」は、銀ブラ族の合言葉になったと紹介しています
御殿のような店、空襲をこえて
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1930年 | 新橋角のビヤホール跡に、瓦屋根の木造2階建ての新店舗。「御殿のようだ」と評判に。椅子とテーブルの本格的な天ぷら屋の始まり |
| 戦争中 | 東京大空襲で焼け残ったと紹介 |
| 1947年 | 再開 |
| 1952年 | 店舗を大改造(新興数寄屋様式) |
| 1984年 | 地上8階・地下1階の本店ビルが完成。割烹、しゃぶしゃぶ、会席料理も |
| 1985年 | 創業100周年 |
| 2020年 | 本店が移転。1階は天丼・天ぷら、2階はカウンター、3階は日本料理 |

メル美屋台から始まって、ビルの本店になったんだね。

銀座天國の歴史によると、1885年に銀座3丁目の小さな屋台店として始まりました。当時の天ぷらは、指でつまんで食べるファストフードだったと説明しています。
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江戸から続く神田のあんこう料理店は、いせ源もどうぞ
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江戸前天丼の店は、日本橋天丼 金子半之助もどうぞ
まとめ
- 銀座天國は1885年、銀座3丁目の屋台から
- 当時の天ぷらは指でつまむファストフード
- 1924年に銀座8丁目へ、マッチの「ギンブラニテンプラ」
- 1985年に創業100周年、2020年に本店移転
参考文献
- 銀座天國. 天國の歴史. https://www.tenkuni.com/history/ (閲覧日:2026年10月10日)
- 銀座天國. 会社概要. https://www.tenkuni.com/company-2/ (閲覧日:2026年10月10日)
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