目黒区:1932年に目黒町と碑衾町が合併して誕生。人口は1965年の29万8,774人がピーク、1995年の24万3,100人から増加に転じ、2026年は28万2,607人。2000年代から20代後半〜30代前半の転入が増えた
目黒区の「歴史を訪ねて」によると、目黒区は1932年10月1日に東京府荏原郡の目黒町と碑衾町が合併して東京市に編入され、誕生しました。目黒区人口ビジョンでは、国勢調査の人口は1965年の29万8,774人をピークに減り、1995年の24万3,100人から再び増加。2000年→2005年以降、それまで転出超過だった20代後半〜30代前半が転入超過に転じ、人口増の主な要因になりました。東京都の統計では2026年1月1日現在28万2,607人(外国人1万2,260人)、平均年齢44.94歳です。区の推計(2024年3月)では、住民基本台帳ベースで2042年の29万101人がピークの見通しです。

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今回は、目黒区です。目黒区の資料(「歴史を訪ねて 目黒区誕生」、目黒区人口ビジョン、目黒区 人口・世帯数の予測(2024年3月))と、東京都の統計(住民基本台帳による東京都の世帯と人口、2026年1月1日現在)で確認した内容をまとめました。住んでいる人の暮らしぶりや人柄を決めつけることは書いていません。
目黒町と碑衾町が合併して誕生
目黒区の「歴史を訪ねて 目黒区誕生」(「月刊めぐろ」1979〜1985年の記事を再構成したもの)によると:
| 年 | できごと |
|---|---|
| 関東大震災のころ | 震災をきっかけに、目黒の人口が一気に増える。市内へ通勤する人が増え、小学校の建設などが町の大きな負担に |
| 1927年(昭和2年) | 東横線が開通 |
| 1931年(昭和6年)6月 | 東京市との合併を求める「隣接町村併合促進同盟会」が発足。目黒町・碑衾町の代表も参加 |
| 1932年(昭和7年)10月1日 | 東京府荏原郡の目黒町と碑衾(ひぶすま)町が合併して東京市に編入され、目黒区が誕生 |
| 1936年(昭和11年) | 区役所が、碑衾町の人びとの陳情で区の中央(中央町二丁目)に移る |
- 東京市の案では、両町を合わせると人口10万8,208人で、目黒警察署の管轄区域でもあることから、名前を「目黒区」とするとされていました
- 最初の区役所は、中目黒の正覚寺の山門横にあった目黒町役場でした

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人口は1965年がピーク、1995年から増加
目黒区人口ビジョンと東京都の統計によると:
| 年 | 人口 | 出典 |
|---|---|---|
| 1950〜1960年 | 急激に増加 | 国勢調査 |
| 1965年 | 29万8,774人 | 国勢調査(ピーク) |
| 1995年 | 24万3,100人 | 国勢調査 |
| 2010年 | 26万8,330人 | 国勢調査 |
| 2026年 | 28万2,607人 | 東京都の統計(1月1日、外国人を含む) |
- 区の「人口・世帯数の予測」(2024年3月)の基本推計では、住民基本台帳ベースで2042年の29万101人がピークで、その後は減る見通しです(国勢調査ベースでは2050年の31万4,171人がピーク)
20代後半〜30代前半の動きが変わった
人口ビジョンの分析(国勢調査、5年ごとの人口移動)によると:
- 1980〜2000年には、多くの年齢で転出超過でした。とくに 20〜24歳→25〜29歳、25〜29歳→30〜34歳になるときに、大きく転出超過になっていました
- それが2000年→2005年以降、この世代が転入超過に転じ、区の人口増加の主な要因になっています
- 一方で、10代の転入超過は減ってきています
- 1996年以降の転入は年2万〜2万4,000人、転出は2万〜2万2,000人で、2008年と2009年を除いて転入が上回っています

メル美前は20代後半で出ていく人が多かったのに、2000年代から逆になったんだ。
平均年齢と外国人
東京都の統計(2026年1月1日現在)から:
| 項目 | 目黒区 | 参考 |
|---|---|---|
| 人口 | 28万2,607人 | — |
| うち外国人 | 1万2,260人(約4.3%) | 23区でいちばん高いのは新宿区(約14.5%) |
| 平均年齢 | 44.94歳 | 区部45.17歳 |
| 1世帯あたりの人数 | 1.73人 | 区部1.75人 |

目黒区の人口ビジョンでは、20代後半〜30代前半の世代が、2000年代から転出超過から転入超過に変わり、人口増加の主な要因になったと分析されています。
まとめ
- 1932年10月1日、目黒町と碑衾町が合併して誕生
- 人口は1965年29万8,774人(ピーク) → 1995年24万3,100人 → 2026年28万2,607人
- 2000年代から、20代後半〜30代前半が転入超過に転じ、人口増の主な要因に
- 平均年齢44.94歳、外国人約4.3%(2026年)
参考文献
- 目黒区. 歴史を訪ねて 目黒区誕生 1. https://www.city.meguro.tokyo.jp/shougaigakushuu/bunkasports/rekishibunkazai/tanjo1.html (閲覧日:2026年10月4日)
- 目黒区. 歴史を訪ねて 目黒区誕生 2. https://www.city.meguro.tokyo.jp/shougaigakushuu/bunkasports/rekishibunkazai/tanjo2.html (閲覧日:2026年10月4日)
- 目黒区. 目黒区人口ビジョン. https://www.city.meguro.tokyo.jp/documents/742/02vision.pdf (閲覧日:2026年10月4日)
- 目黒区. 目黒区 人口・世帯数の予測(令和6年3月). https://www.city.meguro.tokyo.jp/documents/2127/jinko_50603.pdf (閲覧日:2026年10月4日)
- 東京都総務局統計部. 住民基本台帳による東京都の世帯と人口(令和8年1月1日現在). https://www.toukei.metro.tokyo.lg.jp/juukiy/2026/jy26qf0001.pdf (閲覧日:2026年10月4日)
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