チェーン店2026年10月10日

駒形どぜう:1801年、武蔵国出身の初代・越後屋助七が浅草駒形にめし屋を開いたのが始まり。1806年の大火のあと、「どぢやう」の4文字は縁起が悪いと、3文字の「どぜう」と書いたのがのれんの由来

駒形どぜうの公式サイト「200余年の歴史」によると、創業は1801年、徳川11代将軍家斉のころです。初代の越後屋助七は武蔵国(いまの埼玉県北葛飾郡)の出身で、18歳で江戸に出て奉公したあと、浅草駒形にめし屋を開きました。駒形は浅草寺への参詣ルートの大通りで、翌年に浅草寺のご開帳があったこともあり、店は繁盛したといいます。初代がどぜうなべ・どぜう汁を始め、三代目はくじらなべを売り出しました。1848年(嘉永元年)のグルメガイド『江戸名物酒飯手引草』にも店の名があると説明しています。「どじょう」の旧かなづかいは「どぢやう」または「どじやう」ですが、1806年(文化3年)の江戸の大火で店が類焼したとき、4文字では縁起が悪いと、看板書きに奇数の3文字で「どぜう」と書いてもらったのが始まりだといいます。関東大震災と戦争で店が全焼しましたが、いまは七代目に引き継がれています。

目次
  1. 1801年、駒形のめし屋から
  2. どぜうなべ、くじらなべ
  3. 「どぜう」の3文字は縁起かつぎ
  4. 震災と戦争をこえて
  5. まとめ

プレ男浅草の「駒形どぜう」って、「どじょう」じゃなくて「どぜう」って書くんだよね。

メル美その書き方には、江戸の大火にまつわる理由があるんだって。

今回は、浅草の「駒形どぜう」です。公式サイトの「200余年の歴史」(2026年10月10日閲覧)で確認した内容をまとめました。

1801年、駒形のめし屋から

プレ男浅草寺にお参りする人の通り道にあったんだ。

どぜうなべ、くじらなべ

「どぜう」の3文字は縁起かつぎ

メル美「4」は縁起が悪いから、3文字にしたんだね。

震災と戦争をこえて

駒形どぜうの公式サイトによると、1801年に初代・越後屋助七が浅草駒形にめし屋を開いたのが始まりです。「どぜう」の3文字は、1806年の大火のあとの縁起かつぎから生まれたといいます。

まとめ


参考文献

  1. 駒形どぜう. 200余年の歴史. https://dozeu.com/history/ (閲覧日:2026年10月10日)

この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。