チェーン店2026年10月10日

浅草今半:1895年、岡山から上京した髙岡伴太郎が63歳で本所吾妻橋に牛鍋屋を開いたのが始まり。1913年に浅草雷門で「今半」、1928年に今の場所に「浅草今半」。1945年に牛肉佃煮を考案

浅草今半の公式サイト「会社案内」の沿革によると、明治28年(1895年)4月、岡山から上京した創業者の髙岡伴太郎が、畜産の仕事に着目し、63歳で本所吾妻橋に牛鍋屋を開きました。大正2年(1913年)に二代目が浅草雷門で遠縁の人と共同経営で「今半」を開き、昭和3年(1928年)に分離独立して現住所に「浅草今半」を開店しました。昭和20年(1945年)には三代目が牛肉佃煮を考えて浅草みやげとして売り出し、昭和27年(1952年)に人形町支店(のちに分離独立)を開いています。昭和30年(1955年)には、すき焼のおみやげ用として「牛丼」が生まれました。いまは「株式会社今半」と「株式会社高伴」の2社で浅草今半グループをつくり、すき焼割烹と、佃煮・弁当などの製造販売を営んでいます。

目次
  1. 1895年、63歳で開いた牛鍋屋
  2. 佃煮と「牛丼」
  3. いまの浅草今半グループ
  4. まとめ

メル美浅草今半のすき焼き、いつか食べてみたいな。お弁当もデパ地下で見るよね。

プレ男明治からあるお店なんだって。始まりは牛鍋屋らしいよ。

今回は、すき焼きの「浅草今半」です。公式サイトの「会社案内」の沿革(2026年10月10日閲覧)で確認した内容をまとめました。

1895年、63歳で開いた牛鍋屋

年 できごと
1895年(明治28年) 創業者の髙岡伴太郎が岡山から上京し、畜産の仕事に着目。63歳で本所吾妻橋に牛鍋屋を開く
1913年(大正2年) 二代目が、浅草雷門で遠縁の人と共同経営で「今半」を開く
1928年(昭和3年) 雷門の「今半」から分離独立し、今の場所に「浅草今半」を開く
1931年 合資会社イマハンを設立

プレ男63歳でお店を始めたんだ!すごいね。

佃煮と「牛丼」

年 できごと
1945年 三代目が牛肉佃煮を考えて商品にし、浅草みやげとして店で売り出す。松坂屋銀座店の地下に食堂を出店
1952年 人形町に「浅草今半 人形町支店」(1956年に分離独立)
1953年 松坂屋銀座店の地下に佃煮売店。その後、都内の有名百貨店に広がる
1955年 すき焼のおみやげ用として「牛丼」が生まれる
1956年 株式会社今半に

いまの浅草今半グループ

メル美人形町のお店も、もとはここから分かれたんだね。

浅草今半の沿革によると、1895年に創業者が本所吾妻橋で牛鍋屋を開いたのが始まりで、1928年に今の場所に浅草今半を開店しました。

まとめ


参考文献

  1. 浅草今半. 会社案内(沿革). https://www.asakusaimahan.co.jp/company/ (閲覧日:2026年10月10日)

この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。