人形町今半:1895年に本所吾妻橋で牛鍋屋として創業したのが始まりと説明。1952年に今半の支店「今半人形町店」を開き、1956年に分離独立。「今半」の名は「今様」「今里の肉」と創業者「半太郎」からとされる
株式会社人形町今半の公式サイト「沿革と今半の由来」によると、人形町今半は1895年に本所吾妻橋に牛鍋屋として創業したのが始まりで、1952年に合資会社今半の支店として「今半人形町店」を開き、1956年に人形町今半として分離独立しました。1967年に高島屋日本橋店に精肉の1号店を出し、江東区白河に食品工場を開いています。2007年に名古屋に出店し、2014年には人形町の老舗洋食店「芳味亭」を事業承継、2015年のミラノ国際博覧会の日本館にも出店しました。「今半」の名前は、当時最先端だった牛鍋を出していたことから「今様(現代風)」の「今」、政府公認の食肉処理場があった今里町(いまの港区白金)の肉を使っていたことからの「今」、創業者の「半太郎」の「半」からとったとされていますが、由来には諸説あると説明しています。

メル美「浅草今半」と「人形町今半」って、同じお店なの?

プレ男もとは同じ流れで、人形町今半は1956年に分かれたんだって。
今回は、「人形町今半」です。株式会社人形町今半の公式サイト「沿革と今半の由来」(2026年10月10日閲覧)で確認した内容をまとめました。浅草今半とは別の会社です。
牛鍋屋から、人形町へ
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1895年 | 本所吾妻橋に牛鍋屋として創業 |
| 1952年 | 合資会社今半の支店として「今半人形町店」を開店 |
| 1956年 | 人形町今半として分離独立 |
- 浅草今半の沿革にも、1952年に人形町支店を開き、1956年に分離独立したことが書かれています

プレ男浅草今半の支店から独立したお店だったんだ。
精肉、お弁当、名古屋へ
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1967年 | 高島屋日本橋店に精肉の1号店。江東区白河に食品工場 |
| 1998年 | 新宿サザンタワーに炭火焼ステーキ・日本料理店。人形町に惣菜店 |
| 2007年 | 東海地方に初出店(名古屋) |
| 2008年 | 江東区白河に弁当工場 |
| 2014年 | 人形町の老舗洋食店「芳味亭」を事業承継 |
| 2015年 | ミラノ国際博覧会の日本館に出店 |
| 2017年 | 池上本門寺(大田区)にガーデンレストラン |
| 2019年 | 愛知県知立市に食品工場 |
「今半」の名前の由来
会社は、次のような由来が言われているとしています(諸説あり)。
- 「今」:当時最先端の食だった牛鍋を出していたことから、現代風という意味の「今様」の「今」。また、政府公認の食肉処理場があった今里町(いまの港区白金)の肉を使っていたことから
- 「半」:創業者の「半太郎」から

メル美「今」には、「今っぽい」と「今里の肉」の2つの意味があるんだね。

人形町今半の沿革によると、1952年に今半の支店として人形町店を開き、1956年に人形町今半として分離独立しました。2014年には人形町の洋食店「芳味亭」も引き継いでいます。
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日本橋の鰹節の老舗は、にんべんもどうぞ
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浅草のすき焼きの老舗は、浅草のすき焼「ちんや」もどうぞ
まとめ
- 人形町今半は、1895年の本所吾妻橋の牛鍋屋を始まりと説明
- 1952年に今半の支店として人形町店、1956年に分離独立
- 精肉・お弁当、芳味亭の事業承継、ミラノ万博への出店も
- 「今半」の由来は「今様」「今里の肉」と「半太郎」(諸説あり)
参考文献
- 人形町今半. 沿革と今半の由来. https://www.imahan.co.jp/history (閲覧日:2026年10月10日)
- 浅草今半. 会社案内(沿革). https://www.asakusaimahan.co.jp/company/ (閲覧日:2026年10月10日)
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