
プレ男オシリスって、エジプトの冥界の神さまだよね。どうして冥界の神になったの?

メル美もとは地上の王さまだったんだって。弟との事件があったみたい。
こんにちは、Dr. Taro です。 神さまの解説、今回はエジプト神話のオシリスです。1世紀ごろのギリシャの著述家プルタルコスの『イシスとオシリスについて』(F.C.バビット訳、1936年、ラクス・クルティウス)と、バッジ訳『神々の伝説』(1912年)のオシリス賛歌を読みました。プルタルコスはギリシャ人なので、セトを「テュポン」とよんでいます。エジプト神話の全体はエジプト神話の入門へ。
プロフィール
| 名前 | オシリス(エジプトの名前はアサル。バッジは「アウサレス」とも) |
| 家族 | 父は大地の神ゲブ、母は天の女神ヌト(プルタルコスはクロノスとレアとよぶ)。妻イシス、弟セト、妹ネフティス、子ホルス |
| したこと | 王として、人びとに作物の育て方、法律、神々をうやまうことを教えた |
| よび名 | 「永遠の主」「神々の王」「アビュドスの長」(オシリス賛歌) |
| ギリシャでは | ギリシャ人は、オシリスをディオニュソスと同じ神だと考えた(プルタルコス) |
1. 1年にない5日に生まれる
- 天の女神と大地の神の子は、太陽の神に「1年のどの月にも、どの年にも生まれてはならない」とのろわれていました
- そこで知恵の神(ギリシャでいうヘルメス)が、月とすごろくのような遊びをして、光の時間の70分の1ずつを勝ちとり、それを集めて5日にして、1年の360日のあとにたしました
- エジプト人は、この5日を神々の誕生日として祝います。その1日目に生まれたのがオシリスで、生まれたとき「万物の主が、光の中へ進み出る」という声がひびいたといいます
- 3日目に生まれたのがセトで、ふつうの生まれ方ではなく、母のわき腹をやぶって飛び出した、とプルタルコスは書いています
2. 武器を使わない王
- 王になったオシリスが最初にしたのは、エジプトの人びとを「まずしく、けもののような暮らし」から救うことでした。作物の育て方を見せ、法律をあたえ、神々をうやまうことを教えます
- それから、武器をまったく使わずに世界じゅうを旅して、人びとをゆたかにしました。たいていの人びとは、オシリスの話のうまさと、歌や音楽で、したがったといいます
- オシリスが旅をしているあいだ、妻のイシスがしっかり国を見ていたので、セトはなにもできませんでした
3. 「ぴったりの箱」の計略
- オシリスが帰ってくると、セトは72人の仲間とたくらみます
- セトは、オシリスの体の大きさをこっそりはかり、それにぴったりの、美しくかざった箱を作らせました
- 宴会に箱が運びこまれると、みんなが感心します。セトは、じょうだんめかして「横になって、ぴったり入れた人に、この箱をあげよう」と言いました
- みんな順番にためしますが、だれも合いません。最後にオシリスが入って横になると、仲間たちがかけよってふたをしめ、外からくぎを打ち、とかした鉛でかためてしまいました
- 箱は川に運ばれ、タニスの河口から海へ流されました。エジプト人はいまでも、この河口を「にくむべき河口」とよぶといいます
- その日はアテュル月の17日、オシリスの王としての28年目(あるいは28歳)だったと伝えられます

プレ男サイズをこっそりはかって、宴会のゲームにさそうなんて…計画的すぎる!
4. イシスの捜索
- 知らせを聞いたイシスは、すぐに髪のひとふさを切り、喪服を着ました
- イシスは、出会う人みんなに箱のことをたずねて歩きます。遊んでいた小さな子どもたちが、箱が流された河口を知っていました。だからエジプト人は、子どもには予言の力があると考えるのだ、とプルタルコスは書いています
- 箱は海を流れ、ビブロス(いまのレバノン)の岸にうちあげられ、ヒースの木がそのまわりに育って、箱を幹の中につつみこみました。その国の王は、りっぱな木を切って、宮殿の屋根をささえる柱にしてしまいます
- イシスはビブロスへ行き、泉のそばで泣いていました。王妃の侍女たちの髪をゆってあげ、よい香りをうつしたことから、王妃にまねかれて、王子の乳母になります
- イシスは夜になるとツバメの姿になり、柱のまわりを飛んでなげいていました。やがて正体をあかし、柱をもらいうけて、中から箱を取り出しました
5. 14に分けられた体
- イシスが、ブトで育てていた子ホルスのもとへ向かっているあいだ、箱は人目につかない場所にかくされていました
- ところが、月の光で夜の狩りをしていたセトが、箱を見つけてしまいます。セトは、オシリスの体を14に分けて、あちこちにまきちらしました
- イシスはパピルスの舟で沼地をめぐり、体をさがし集めます。パピルスの舟に乗る人がワニにおそわれないのは、ワニがイシスをおそれ、うやまっているからだ、といいます
- エジプトに「オシリスの墓」がたくさんあるのは、イシスが見つけた場所ごとに葬式をしたから。あるいは、イシスがわざと像をたくさん作って町々にくばり、セトが本当の墓を見つけられないようにしたから、ともいいます

「オシリスの小像」紀元前664〜332年、末期王朝時代(第26〜30王朝)。鉛をふくむ青銅。メトロポリタン美術館所蔵(パブリックドメイン)
6. ホルスとセトの戦い
- やがて、オシリスがあの世からホルスのもとにやってきて、戦いのためにきたえました
- オシリスがたずねます。「いちばん気高いことは何だと思う?」。ホルスは「父と母がうけた悪にむくいることです」
- 「では、戦いに出る者にいちばん役に立つ動物は?」。ホルスは「馬」と答えます。オシリスが「なぜライオンではないのか」と聞くと、ホルスは「ライオンは、助けがいる人には役に立ちます。でも馬は、にげる敵を追いかけて、たおすのにいちばん役に立ちます」と答えました。オシリスはよろこび、ホルスはもう準備ができた、と思いました
- 戦いは何日も続き、ホルスが勝ちます。ところが、しばられたセトを引きわたされたイシスは、セトを殺さずに、はなしてしまいました
- セトは「ホルスはオシリスの正しい子ではない」とうったえますが、神々は、ヘルメスの弁護で、ホルスを正しい子とみとめました。セトはそのあと、さらに2回の戦いで負けた、とプルタルコスは書いています

メル美「にげる敵を追える馬」って答えたら、お父さんが合格を出すんだね。

プルタルコスによると、王になったオシリスは、武器を使わず、作物の育て方と法律、そして歌と音楽で人びとをゆたかにしたそうです。
まとめ
- オシリスは、1年の360日のあとにたされた5日の1日目に生まれた
- 王として、作物の育て方・法律・神々をうやまうことを教え、武器を使わずに世界を旅した
- 弟セトは、オシリスの体にぴったりの箱でだまし、ふたをして川に流した
- 妻イシスは、ビブロスの宮殿の柱の中から箱を見つけたが、セトが体を14に分けてまいた。イシスは見つけた場所ごとに葬式をした
- あの世から来たオシリスにきたえられた子ホルスが、セトに勝った
- エジプト神話の全体はエジプト神話の入門へ。冥界と季節の話は、ギリシャのペルセポネ、北欧のバルドルも読みくらべてみてください
参考文献
- Plutarch. Isis and Osiris, chapters 12–19(英訳:F.C. Babbitt、Loeb Classical Library, Moralia Vol. V、1936年). LacusCurtius. https://penelope.uchicago.edu/Thayer/E/Roman/Texts/Plutarch/Moralia/Isis_and_Osiris*/A.html (閲覧日:2026年10月6日)
- E.A. Wallis Budge. Legends of the Gods: The Egyptian Texts, edited with Translations(1912年). A Hymn to Osiris and a Legend of the Origin of Horus; The Book of Knowing the Evolutions of Ra. Project Gutenberg. https://www.gutenberg.org/ebooks/9411 (閲覧日:2026年10月6日)
- メトロポリタン美術館. Statuette of Osiris, Late Period, Dynasty 26–30, 664–332 BCE(61.45、パブリックドメイン). https://www.metmuseum.org/art/collection/search/545802 (閲覧日:2026年10月6日)
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