
プレ男テセウスって、迷宮でミノタウロスをたおした英雄だよね!

メル美そこに行くまでの話もおもしろいんだって。「テセウスの船」っていう有名な問いも、この英雄から生まれたの。
こんにちは、Dr. Taro です。 英雄の解説、今回はギリシャ神話のテセウスです。1〜2世紀のギリシャの著述家プルタルコスの『テセウス伝』(B.ペラン訳、1914年、ペルセウス・デジタル・ライブラリー)の英訳を読みました。ギリシャ神話の全体はギリシャ神話の入門へ。

ジョヴァンニ・ベネデット・カスティリオーネ「父の武具を見つけるテセウス」1645年(1648年出版)。エッチング。メトロポリタン美術館所蔵(パブリックドメイン)
プロフィール
| 父 | アテナイの王アイゲウス(トロイゼンでは「ポセイドンの子」といわれていた) |
| 母 | トロイゼンの王ピッテウスの娘アイトラ |
| いとこ | 英雄ヘラクレス(母どうしがいとこ) |
| しるし | 大岩の下にかくされた、父の剣とサンダル |
| 武器 | とちゅうでたおした悪人からうばったこん棒 |
| おもな手がら | クレタ島の怪物ミノタウロスをたおす |
1. 大岩の下のしるし
- アテナイの王アイゲウスは、子どもがほしくて神託をうかがったあと、トロイゼンの王ピッテウスのもとに立ちよりました。ピッテウスのはからいで、アイゲウスは王の娘アイトラとむすばれます
- アイゲウスは、アイトラが身ごもったかもしれないと思い、剣とサンダルを、ちょうどそれが入るくぼみのある大きな岩の下にかくしました
- そしてアイトラにだけ言いのこします。「もし男の子が生まれ、おとなになってこの岩を持ちあげ、下のものをとり出せたら、そのしるしを持たせて、ひそかにわたしのもとへ送ってくれ」。アイゲウスは、王位をねらうパラスの50人の息子たちをおそれていたのです
- アイトラは、テセウスの本当の父をかくし、ピッテウスは「この子はポセイドンの子だ」という話を広めました。トロイゼンでは、ポセイドンが町の守り神だったからです
- やがて、体も力も、心も知恵もすぐれた若者になったテセウスを、アイトラは岩のところへつれていき、本当のことを話しました。テセウスは肩をあてて、かるがると岩を持ちあげました

メル美上の絵は、まさにこの岩を持ちあげる場面なんだね。
2. あえて陸の道を
- 祖父と母は、「海の道で行きなさい」とたのみました。陸の道には、ちからはあっても、それを人をきずつけることにしか使わない悪人たちがいたからです
- ところがテセウスは、ずっとひそかにヘラクレスの勇気にあこがれていました。プルタルコスによると、2人の母どうしがいとこで、テセウスは、名高いいとこが陸でも海でも悪人をこらしめているのに、自分は海へにげるのは「おそろしく、たえられないこと」だと考えたのです
- 父に見せるしるしが、血のついていない剣とサンダルだけというのもはずかしい。そこでテセウスは、「だれにも悪いことはしないが、乱暴をしかけてくる者はこらしめる」と心に決めて、陸の道を出発しました
3. 道中の悪人たち
- エピダウロスでは、こん棒を武器にして「こん棒もち」とよばれていたペリペテスが行く手をふさぎましたが、テセウスはたおして、そのこん棒を自分の武器にしました。ヘラクレスがライオンの毛皮をまとったのと同じように、「自分の手にあれば、このこん棒は負けない」ことを見せるためだった、とプルタルコスは書いています
- コリントスの地峡では、「松まげ」のシニスを、シニスが旅人にしていたのと同じやり方でこらしめました
- テセウスは、悪人たちが旅人にしていたことを、そのまま悪人たちにかえしていったのです
4. 毒の杯と、父の剣
- テセウスがアテナイに着くと、王アイゲウスのもとには、魔法で子どもをさずけると約束したメデイアがいました。メデイアはテセウスがだれかに先に気づき、年をとって何でもおそれていたアイゲウスに、この旅人を毒で殺すようすすめます
- 宴で、テセウスは自分から名のらず、父に気づいてもらおうと、肉が出されたときに、切りわけるふりをして剣をぬき、父の目にとまるようにしました
- アイゲウスはすぐに気づいて、毒の杯をはらいおとし、わが子をだきしめ、市民の前でむすこだとみとめました

プレ男岩の下の剣が、ここで役に立ったんだ!
5. 白い帆の約束
- アテナイは、クレタ島のミノス王に、若者と娘たちをいけにえとして送らなければなりませんでした。3度目のとき、人びとの不満を見たテセウスは、くじを引かずに、自分から名のりでました
- それまでの2回は、生きて帰れる望みがないと考えて、黒い帆の船を送っていました。ところがテセウスはミノタウロスをたおすと言いきったので、アイゲウスは船の舵とりに白い帆をわたし、「テセウスが無事なら白い帆をあげよ。そうでなければ黒い帆のままで、悲しみを知らせよ」と命じました
- クレタでは、テセウスに恋したアリアドネから有名な糸をもらい、迷宮のぬけ方を教わって、ミノタウロスをたおしました(くわしくはミノタウロス)
- ところが、アッティカの海岸に近づいたとき、テセウスも舵とりも、よろこびのあまり、白い帆をあげるのを忘れてしまいます。アイゲウスは絶望して、岩から身を投げてしまいました

メル美うれしすぎて大事な約束を忘れちゃうなんて…。悲しい結末だね。
6. 「テセウスの船」
- プルタルコスによると、テセウスが若者たちと乗って無事に帰った30のかいの船は、のちの時代(デメトリオス・ファレレウスのころ)まで、アテナイの人びとが保存していました
- 人びとは、古くなった木材をときどきとりのぞき、新しくじょうぶな木材に入れかえていきました。そのため、この船は、「成長」をめぐる議論で、哲学者たちのたとえ話になりました。「同じ船のままだ」という人と、「もう同じ船ではない」という人がいたのです

プルタルコスによると、木材を少しずつ入れかえていったテセウスの船は、「同じ船のままか、もう同じ船ではないのか」という哲学者たちの議論のたとえ話になりました。
まとめ
- テセウスは、大岩の下から父の剣とサンダルを見つけたアテナイの英雄
- いとこのヘラクレスにあこがれ、あえて危険な陸の道を選び、悪人たちをこらしめた
- 宴で剣をぬいて父に気づかせ、毒の杯からのがれた
- ミノタウロスをたおしたが、帰りに白い帆をあげるのを忘れ、父を失った
- 保存された船は「テセウスの船」として、哲学の問いになった
- ミノタウロス、ヘラクレス、アリアドネを妻にしたディオニュソス、もうひとりの「帰ってきた英雄」オデュッセウスもどうぞ
参考文献
- Plutarch. Theseus, chapters 3, 6–8, 12, 17, 19, 22–23(英訳:Bernadotte Perrin、Plutarch’s Lives, Vol. 1、1914年). Perseus Digital Library. https://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus:text:2008.01.0067 (閲覧日:2026年10月10日)
- メトロポリタン美術館. Giovanni Benedetto Castiglione, Theseus finding his father’s arms, 1645 (published 1648)(17.50.17-38、パブリックドメイン). https://www.metmuseum.org/art/collection/search/393494 (閲覧日:2026年10月10日)
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