
プレ男インドの神さまって、腕がたくさんあったり、ゾウの頭だったり。神話の全体って、どうなってるの?

メル美聖典が古い順にいくつもあるみたい。順番にたどってみよう。
こんにちは、Dr. Taro です。 今回は、インド神話の成り立ちと大まかなあらすじです。『リグ・ヴェーダ』(R.T.H.グリフィス訳、第2巻1897年、インターネット・アーカイブ)、『マハーバーラタ』第1巻(K.M.ガングリ訳、プロジェクト・グーテンベルク)、『ラーマーヤナ』(グリフィス訳、1870〜1874年、プロジェクト・グーテンベルク)の英訳を読みました。
成り立ち:ヴェーダと、2つの大叙事詩
インド神話を伝える、おもな聖典です。
| どんな本? | |
|---|---|
| 『リグ・ヴェーダ』 | 神々をたたえる賛歌を集めた、インドでいちばん古い聖典。雷の神インドラ、火の神アグニ、そしてヴィシュヌなどが歌われる |
| 『マハーバーラタ』 | 聖仙ヴィヤーサの作と伝わる大叙事詩。バラタ族の王家の大戦争の物語に、たくさんの神話が入っている |
| 『ラーマーヤナ』 | 聖仙ヴァールミーキの作と伝わる叙事詩。ラーマ王子の物語 |
- 『マハーバーラタ』は、自分の大きさをこう語ります。語り手は「わたしは10万の詩句をくり返し語った」と言い、ヴィヤーサは、わき道の話をのぞいた本筋を2万4千の詩句でまとめ、これを学者は「バーラタ」とよぶ、と書かれています
- 『マハーバーラタ』のはじめには、こんな話もあります。ヴィヤーサは、頭の中でできあがった詩を書きとめるため、ゾウの頭の神ガネーシャに書記をたのみました。ガネーシャは「わたしのペンが一瞬も止まらないなら、書こう」と条件を出し、ヴィヤーサは「意味がわからないところでは、書くのを止めてくれ」と返します。そこでヴィヤーサは、ときどきとても難しい詩句をはさみ、ガネーシャが考えているあいだに、次の詩を作ったといいます

メル美神さまが書記で、作者と「止まらないで書けるか」の勝負をしてたんだ!
あらすじ1:有もなく、無もなかった
『リグ・ヴェーダ』10巻129番の歌は、世界のはじまりを、こう歌います。
- 「そのときは、無もなく、有もなかった。空気の国もなく、その向こうの天もなかった」
- 「死もなく、死なないものもなかった。昼と夜を分けるしるしもなかった」
- 「あの『唯一のもの』が、息をせずに、自分の力で息をしていた。そのほかには、なにもなかった」
- 「はじめは、闇が闇にかくされていた」。そして熱の大きな力で、「唯一のもの」が生まれ、そこに欲(意欲)がおこりました
- 歌の最後は、答えでなく、問いでおわります
- 「だれが本当に知っているだろう。この世界がどこから生まれ、どこから来たのかを。神々は、この世界ができたより後に生まれた。それなら、だれが知っているだろう」
- 「最高の天からこの世界を見張る者、その者なら知っている。あるいは、その者も知らないかもしれない」

プレ男いちばん古い聖典なのに、「神さまも知らないかも」で終わるの!?
あらすじ2:宇宙の巨人プルシャ
同じ10巻の90番の歌は、ちがう語り方をします。
- プルシャ(原初の人)は、「頭が千、目が千、足が千」。これまでにあったもの、これからあるもの、すべてがプルシャです。生きものはプルシャの4分の1で、のこりの4分の3は天にある不死のいのちだ、と歌われます
- 神々は、プルシャをいけにえにして儀式をおこない、その体から世界ができました
- 心から月、目から太陽
- 口からインドラとアグニ、息から風の神ヴァーユ
- へそから空、頭から天、足から大地、耳から方角
- この歌には、のちの身分の区分(ヴァルナ)の4つの名前が、プルシャの口・腕・もも・足から生まれたとして出てきます
あらすじ3:神々と魔族の「乳海かくはん」
『マハーバーラタ』第1巻(アーディ・パルヴァ)の17〜19章で語られる、有名な話です。
- 黄金の山メールの頂上で、神々は不死の飲みもの(アムリタ)をほしがっていました。ナーラーヤナ(ヴィシュヌ)は「神々とアスラ(魔族)とで、海をかきまわせ。そうすればアムリタが手に入る」と言います
- 神々はマンダラ山をかきまぜ棒にしようとしますが、引きぬけません。そこで大蛇の王アナンタが、山を森ごと引きぬきました
- 山は、亀の王の背中にのせられ、大蛇ヴァースキが綱になりました。アスラは頭の側、神々はしっぽの側を持って、海をかきまわします
- 海からは、千の光の月、白い衣の女神ラクシュミー、白い馬、ヴィシュヌの胸をかざる宝石カウストゥバ、そしてアムリタの白いつぼを持ったダンヴァンタリ、4本のきばの白いゾウアイラーヴァタがあらわれました
- 最後に、猛毒カーラクータが出てきて、世界がくらくらします。シヴァが、世界を守るためにその毒を飲み、のどにとどめました。それからシヴァは「ニーラカンタ(青いのど)」とよばれる、と書かれています
- アムリタをうばおうとするアスラたちを、ヴィシュヌは美しい女性の姿になってまどわせ、アムリタを神々にわたします
- 神に化けてアムリタを飲んだ魔族ラーフに、太陽と月が気づき、ヴィシュヌが円盤で首を切りました。アムリタがのどまで来ていたので、首は天にのぼってさけび続け、いまでも太陽と月をのみこむ(日食・月食)のだといいます

「乳海かくはん」1780〜1790年ごろ、インド(パンジャーブ丘陵、マンディ)。紙に墨と不透明水彩。メトロポリタン美術館所蔵(パブリックドメイン)
あらすじ4:ラーマ王子の『ラーマーヤナ』
- 『ラーマーヤナ』の第1歌では、聖仙ヴァールミーキが「いまこの世で、徳があり、勇ましく、まことの人はだれか」とたずね、聖仙ナーラダが、イクシュヴァーク王家のラーマの物語を語ります
- ラーマは、父王のいちばん若いきさきカイケーイーの願いで、森に追放されます。森で暮らすあいだに、妻シーターが、ランカーの王ラーヴァナにさらわれます
- 風の神の子ハヌマーンがランカーでシーターを見つけ、海に橋をかけてわたったラーマは、ラーヴァナをたおしました

『リグ・ヴェーダ』の天地創造の歌は、「この世界がどこから来たのか、最高の天の見張り手なら知っている。あるいは、知らないかもしれない」という問いで終わります。
まとめ
- インド神話は、最古の聖典『リグ・ヴェーダ』、大叙事詩『マハーバーラタ』と『ラーマーヤナ』などに伝わる
- 『リグ・ヴェーダ』の天地創造は「有もなく無もなかった」で始まり、「知らないかもしれない」で終わる。宇宙の巨人プルシャの体から世界ができたという歌もある
- 『マハーバーラタ』の乳海かくはん:大蛇を綱に海をかきまわし、アムリタや女神ラクシュミーがあらわれた。シヴァの青いのど、ラーフと日食・月食の由来も
- 『マハーバーラタ』は、ガネーシャが書記をつとめたと伝わる。『ラーマーヤナ』は、ラーマ王子がさらわれた妻シーターを取りもどす物語
- 神さまごとの話は、インドラ、ヴィシュヌの記事もどうぞ。ほかの神話はギリシャ神話の入門、エジプト神話の入門、中国神話の入門から
参考文献
- Griffith, Ralph T.H.(英訳). The Hymns of the Rigveda, Vol. II(1897年). Book X, Hymns XC and CXXIX. Internet Archive. https://archive.org/details/in.gov.ignca.16312 (閲覧日:2026年10月6日)
- Kisari Mohan Ganguli(英訳). The Mahabharata of Krishna-Dwaipayana Vyasa, Volume 1(Adi Parva, Section I; Astika Parva, Sections XVII–XIX). Project Gutenberg. https://www.gutenberg.org/ebooks/15474 (閲覧日:2026年10月6日)
- Griffith, Ralph T.H.(英訳). The Rámáyan of Válmíki, translated into English verse(1870–1874年). Book I, Canto I. Project Gutenberg. https://www.gutenberg.org/ebooks/24869 (閲覧日:2026年10月6日)
- メトロポリタン美術館. The Churning of the Ocean of Milk, India (Punjab Hill, Mandi), ca. 1780–90(1977.443.2、パブリックドメイン). https://www.metmuseum.org/art/collection/search/37989 (閲覧日:2026年10月6日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。



